呪いと魔女 6
ドアがノックされ、マスターが入って来た。右手のお盆には三つのティーカップが乗せられている。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
マスターはどこか品のある動作でティーカップを置いていく。佳蘭の注文は青とか黒とか色のみだったが、どうやらそれはお茶の類いのようだ。二人のカップの中身は爽やかな青色で、俺の分だけ濃い緑色。
「冷めないうちにどうぞ飲んでください」
佳蘭のその言葉で、板橋はゆっくりとカップを口元に運び一口飲む。催促するような佳蘭の視線。わかってる。俺も飲めゃいいんだろ飲めゃ。
カップを持つと香るお茶の匂い。ハーブティーの一種なのだろう。軽くツンとくる香辛料の感じ。一口飲んでみる。少し舌先が痺れるような苦味。ちょいとばかしスパイシーだがこういうのも悪くない。
「いや、ウマいな。初めて飲んだが、なんつーかまろやかで、飲んでると落ち着くっつーか」
「板橋さんの口に合ったようでなによりです」
柔らかく微笑みながら、佳蘭は優雅にティーカップに口を付ける。その気品ある仕草と日本人離れした容姿のお陰か異様にサマになっていた。
飲んでるハーブティーの影響なのだろう。板橋の表情が柔らかくなり大分落ち着いたようだ。視線を落とし、まだ半分近く残っている俺の分のハーブティーを見る。ちょいと刺激的なタイプで、香辛料のせいか少し身体の内側が熱い。リラックス効果がある板橋たちのとは真逆のイメージ。
佳蘭の青い瞳が鋭く光り、「さて」と前置きを一つ置くと貫くような視線を送る。ボケッと佳蘭に見惚れていた板橋は、その視線を受け慌てたように姿勢を正した。
「そろそろ始めましょうか」
「お、おう。といってもオレはなにしたらいいんだ?」
「そこで座っているだけでいいですよ」
板橋は少し居心地悪そうに視線を彷徨わせる。それに対して佳蘭は真剣な表情。空気が張り詰める。どこか重苦しくて、けれども神聖さすら感じる雰囲気。一体なにが始まるというのか。
佳蘭が口を開く。
「Rejoice evermore.Pray without ceasing.In every thing give thanks:」
パキン。世界が、割れた音。世界が割れるとかマジ意味がわからないが、そうとしか思えない。俺の、気のせいだろうか。いや確かにガラスが砕けるような、音がした。
「お、おお! なんか身体が軽くなった気がするぞ」
「効果が出ていますね。もう大丈夫。板橋さんを悩ませている女が現れることはありません」
「ありがとう! マジ本当! ありがとうございます」
板橋は感激のあまり身を乗り出し、握手でも求めるように佳蘭に向かって両手を伸ばす。それを無視するように佳蘭の奴は張り付けたような笑顔で微笑むだけだ。
その後佳蘭と板橋は適当に二つ三つ言葉を交わす。もう問題は解決していて、会話内容としちゃどうでもいいもんだ。入って来た時の不安と恐怖で挙動不審気味だった板橋はもういない。浮かれ気分で部屋から出て行った。
「お疲れさん」
「ありがとう。高戸もお疲れ様」
「まあなんもやってねぇがな」
本当にただ座っていただけで疲れたもクソもない。強いて上げるなら変な気疲れくらいで、それも大したものじゃない。ぶっちゃければ疲れたよりもわけわからねぇの方が強いくらいだ。とはいえ。
「これで仕事とやらは終わり、でいいんだよな?」
「そうね。前半としてはこれで終わりでいいわよ」
前半と言うからには後半があるんだろう。まあこれはなんとなく思っていた。佳蘭の言葉は仕事を手伝えだった。もし本当に板橋とのやりとりを聞いているだけで済むのだったら手伝えなんて言うわけがない。絶対なにかある。
「高戸にとっては今からが本番ね。というわけで、はいこれ」
すっと渡してきた物を無意識に受け取る。なんだと思って見てみれば、それは板橋から譲り受けたブランド物のキーホルダーだった。
「しばらく高戸に預けるわ。よろしくね」
おいおいこんな物いらねーよ。ブランドの名前だけを有難がる下品な連中が好みそうなモン俺の趣味じゃない。突っ返そうとして、佳蘭の真剣な瞳を見て押し黙る。はぁと溜息を吐くと、仕方なくポケットに渡されたキーホルダーを押し込んだ。
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