呪いと魔女 2

 いつもと変わらない昼休み。田畑と加藤の三人で優雅にテーブル席を囲み、昼飯を食う。別に大して旨くもない普通の醤油味のラーメン。だが無性にこの安っぽい味が恋しくなるのだ。

 時刻は正午を僅かに過ぎたくらい。学食には続々と人が集まってくる。これから始まる熾烈な席取り合戦と、券売機に出来るであろう長蛇の列を思うと優越感で飯が旨い。

 なぜ俺たちが他の連中より一足先に飯を食えているか。答えはシンプルで講義を一足先に抜け出したってだけ。

「お前らさあ。パワポどこまで進んだ?」

「おれ全然」

「あン? あんなの適当に作りゃいいだろ」

 田畑の言葉に加藤は興味なさそうに、俺もラーメンを啜りながら適当に返す。田畑が言っているのは、さっきまで俺たちが受けていたデジタルプレゼンテーションという謎講義の課題の話だ。なんでも前期の最後の講義で、自分の好きなものをパワポを使って紹介させるらしい。

 課題といっても名ばかりで、ここ最近の講義内容はパワポ作成という名前の自習時間だ。要はこの時間に課題を片付けろってこと。ぶっちゃけこれを聞いた時思ったのは、この教授中々やるなだった。

 こんな大学に来てる大半の奴が、真面目に自宅学習なんぞするわけがない。そうなると単位取れる奴が極端に減る。それはそれで大学としては問題なわけで。こうして講義として課題を組み込んじまえばそれはクリアできるし、教授としては楽が出来る。まあうまいことやっている。ホントくだらねぇ。

「適当にって。それがイッチャン面倒なやつじゃん」

「田畑はマシマシ。おれなんてテーマすら決まってねぇ」

 加藤の言葉を無視するように、田畑は「うがー」とオーバーリアクション気味に頭を抱えた。俺も田畑も加藤の要領の良さは知っている。どうせそれなりに仕上げてくんだろという信頼感からのスルー。

 とはいえ現状は加藤の進捗はゼロ。唯一順調な俺に向けて田畑は恨みと縋りつくような眼差しを向けてくる。

「つってもな。マジで適当でいいぞ。パワポなんて」

 そうパワーポイントなんて重要じゃない。今回の課題で一番の肝となるのは、何を喋るのかという原稿の部分。つまり自分の好きなものを紹介して、いかに相手に興味を持たせられるプレゼンを行えるかどうかだ。

 何回か前の講義の中で教授が配った資料がある。なんでも公庫融資を勝ち取ったプレゼンのパワーポイントを印刷したものだとか。結構な倍率を勝ち抜いた凄いプレゼンとの触れ込みだったから、どんなものかと見てみて落胆した。なんてことはない普通のパワポで別に特別な所なんてない。

 まあこんなものかと思った所で気が付いた。パワポは本命のプレゼンをサポートするためのものでしかなくて、何をどう伝えるかが大事ということに。それを田畑に伝えようとして、やっぱりやめた。

「……。いや。適当に作ってそれなりに発表出来りゃ単位くれるだろ」

「それもそうか」

 悲嘆に暮れ絶望顔を晒していた田畑は、スンッといつもの感じに戻った。こいつも俺の言葉で気が付いたんだろう。ぶっちゃけ単位取ることだけを考えるなら、それっぽい感じに仕上がってればいい。俺の言葉通り適当で充分。変に気負うことなんてマジでない。

「で、この後どうするよ?」

「スロのノリ打ち? それとも三麻にするか? 久しぶりに麻雀打ちたい気分なんだが」

「いんじゃね? ウチ来いよ。またボコしてやるぜ」

 そういえば最近麻雀やってなかったな。たまにはこの二人をボコして小遣い稼ぐのも悪くない。思わず心の中で舌なめずりが出る。

 とはいえ麻雀は麻雀でも三人でやる三麻だ。通常の四人麻雀なら、仮に田畑と加藤の二人が組んでも勝てる自信があるが、三麻じゃそうはいかない。

三麻は字牌含めた四種類の牌の内、一種類を取り除く。役満で使うものだけを残して。その性質上点数が跳ね上がりやすく、大味になりやすい。つまり運の要素が強くなって、実力による差が出にくいのだ。普通に俺がカモにされる可能性だって出てくる。まあ所詮ダチ同士のお遊びだ。勝ちすぎりゃ関係値壊すし、何より勝つと分かり切った勝負なんぞやってもツマラない。

 加藤と田畑の「フザけんじゃねぇ! ぜってぇトバす‼」という怒りの言葉。ダチ同士の軽い煽り合いだ。適度な煽りは勝負事を面白くする。二人もそうだが、俺の口元にも軽く笑みがこぼれてた。

「混んでるし、そろそろ行こうぜ」

「そうだな。席空けてやらんと」

「まあ迷惑だからな。それにしても高戸の家に麻雀牌あんのマージ助かる。雀荘行くのかったりぃし」

 苦虫を噛み締めたような田畑の顔。大学入りたての頃の田畑が、調子乗って行った雀荘で無事トラウマ刻まれたのは笑い話として何度も聞かされた。一瞬出かけた「お前が雀荘行きたくねぇの、かったるいからじゃねーだろ」は、そのまま口に出さないでおく。これ以上の煽りはただただ面倒なだけだ。さっさと帰って二人と麻雀したい。

「ひさしぶりね、高戸。元気にしてたかしら」

 不意に背後からかけられた声に思わず身体が固まる。だがそれは一瞬のことで、すぐになんでもないよう平坦な声色で応えた。

「久しぶりだな久留主佳蘭。また大嶋目当てにこんなチンケな大学来てるのかよ」

「違うわ。今回はあなたに用があるのよ高戸」

 どこか非難するようなじっとりとした佳蘭の眼差し。そいつを真正面から受け止めるようにして佳蘭と対峙する。

「……元気そうね、安心したわ。それにしても単位は大丈夫? 貴方に会うために何度か顔を出してたんだけど、今日ようやっと会えたわ」

「うるせぇ。俺がンなヘマするかよ」

「そうね、あなたはその辺りうまくやりそうだものね」

 呆れたと言わんがばかりに首を振る佳蘭。すぐ近くからどことなくヘンテコな空気を感じ、その発生源へと視線を向ける。大きく目を見開き、ポカンと口を開けた間抜け面の加藤と田畑がそこにいた。

 なんてツラ晒してんだよと心の中で軽く突っ込みを入れた後、まあそれもそうかと納得する。この女と俺に接点があるなんて、天地がひっくり返っても想像出来なかったに違いない。

 腰まで届く艶やかな金髪は、傍目から見てもよく手入れされており、さらりと流れる砂金の河のよう。すっきりとスレンダーな体型は海外モデルもかくやといったところか。けれども一番に目を惹くのは、宝石のようなその青い瞳だった。威圧感にも似た神聖さを感じるディープブルー。並みの男じゃ気後れしちまって手が出せないような高嶺の花、久留主佳蘭と俺を引き合わせたのは『月光』という一冊の本だった。

 自殺した俺の親友有馬鉄平の形見であるそれは、怪異へと堕ちたものだった。『月光』を読まなければならない。いや、読まされる。そしてそのまま『月光』を読み切ってしまうと自殺してしまう。俺の親友と同じように……。

 俺と佳蘭はその怪異に巻き込まれ、けれども佳蘭という女は魔女だった。見えないものを見ることが出来る魔女の瞳。そうして魔女であるが故のオカルト知識。その二つを駆使して、『月光』という怪異を二人で協力して攻略した。あれは終わった話で、もう俺と佳蘭を繋ぐ縁は切れたはずだ。

「高戸はこの後時間ある? 話したいことがあるんだけど」

 ちらりと二人へと視線を向けると、間抜け面を晒したまま「行け行け」と手を振ってきた。ぶっちゃけ田畑と加藤のむさっ苦しい野郎三人で雀卓じゃんたく囲むより、佳蘭の方を優先したいから有難いっちゃ有難い。

「別に。予定空いてるぜ。どこか場所移動するか?」

「そうね。馴染みの喫茶店があるから、そこへ行かない?」

「いいぜ。構わねえよ」

「よかった。それじゃあ行きましょう」

 佳蘭はくるりときびすを返して颯爽と歩き出す。それに置いて行かれないよう俺も進み始めた。


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