Moon Light 14
「大丈夫。一時的なものよ。それに寧ろ助かったくらいだわ。わたしの中の衝動が消えている。綺麗さっぱり。より深く、より詳しくこの本の中身を知れたお陰ね」
「そうか」
佳蘭が言うには、このシンクロ状態は一時的なものらしい。まあそれは納得だ。これは云わば余韻に浸り過ぎているようなもんだろう。ここまで酷いのは初めてだが、こういった余韻は何度も味わったことがある。こういうのは時間が解決するってのが相場が決まっているもんだ。
「念のため確認するが、これでこの『月光』による怪異は解決した、でいいんだよな?」
「そうね。解決したわ。わたしたちがその本によって、危害を与えられることはない」
その言葉にほっと安堵の吐息を漏らす。それにしても解決したっていうのに、なんというか表紙抜けというか実感が沸かないというか。いや、これでゲームみたいにファンファーレでも鳴らされたらブチ切れる自信があるが。
「それにしても。夜も大分深くなったわね。終電間に合うかしら」
「よけりゃ駅まで送るぜ」
「高戸は送り狼にでもなるつもりかしら」
にやりと歪んだ口元に、意地悪く細められた両目。明らかに俺を揶揄っているのが分かる。軽くムカついた俺は、佳蘭に軽く口撃をかました。
「ハッ。胸に詰め物入れてる奴にゃ興味ないんでな」
「殺すわよ」
ガチの殺意の籠った声と視線に、思わず肝が冷える。佳蘭に押し倒された時に気が付いた胸パッドの存在。思い返せばそれで正気を取り戻した辺り、ガチのコンプレックスなのだろう。やっべ想像以上の地雷踏んだ。
「まあいいわ。先に煽ったのはわたしの方だからね。ただ次はないわ」
「わ、わかった」
あっぶね。なんとか回避出来た。軽くビビったことを誤魔化すように大分短くなった煙草の煙を吸う。そんな中、佳蘭は部室の出口へと向かうと靴を履いた。
「駅まで送ってくれるんでしょう? 急がないと終電逃しちゃうわ」
「お、おう」
くるりとウィンクをする佳蘭に、少し見惚れて一瞬口ごもってしまった。早くしなさいと訴えかける佳蘭の視線に、慌てて煙草の火を消して立ち上がる。
大学を出て、駅までの道のりを二人して歩く。ポケットからスマホを少しだけ出し、時間だけを確認すると手を離す。するりとポケットの中に滑り落ちるスマホ。これならなんとか終電に間に合いそうだ。
「それにしても…」
唐突に口を開いた佳蘭。今まで互いに無言だっただけに思わず「ん?」と聞き返してしまった。
「確かに『月光』という本に悪意は存在しなかった。あったのは罪の告白と、最愛の妹のことを後世に伝えたいという思いだけ。怪異になるまで、世界に刻み込まれるまでの想い。富永弥という人間が、どれだけ妹のことを大切していたのかわかるわね」
「単なるシスコンのクソ野郎なだけだろ」
『月光』を読んでいた時に味わったシンクロ状態を思い出し、吐き捨てるように言い捨てた。そんな苦虫を嚙みつぶしたような俺を見て、佳蘭は困ったように苦笑いを浮かべ。すっと真剣な面持ちに変わる。
「でも不思議ね。どうしてあなたの親友は死んでしまったのかしら。『月光』の内容を聞いた限り、深い懺悔の気持ちはあった。けれどもそれで自殺するとは思えない。現に富永弥もこの後『月光』を書き綴っているわ」
月の光が優しく佳蘭の顔を照らす。白く張りのある肌と、輝く青い瞳に長い睫毛。それがあまりにも幻想的で、場違いだと思いつつも見惚れてしまった。
「本当は何があったのかしらね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます