Moon Light 11
ぷはぁと部室の外に紫煙を吐き出しながら、ちらりと佳蘭の様子を覗う。黙々と作業をしながら、けれども瞳には確かな理性の色。これなら大丈夫だろうと、視線を外へと向ける。
いつの間にか日も落ち、大分夜も深くなっていた。何も映さない黒い空の中、穴が開いたようにぽっかりと輝く白い満月。それに向かって煙草の煙を吐き出した。すーっと走る紫がかった白煙。月に届く前に闇に呑まれて消えた。
「ねぇ。聞いてもいい?」
「なんだ」
「この本を読んだっていう貴方の友達のこと。どんな人だったの?」
「いい奴だったよ。あとはそうだな。中々面白い感性持ってるやつだったな」
あれはいつだったか。そう、確か高校の夏休みでのことだ。俺は地元のツレとの連日の馬鹿やった帰り。鉄平は予備校の夏期講習の帰りで、夜のコンビニでたまたまばったりと会った。
互いに「よう」と「元気だった?」なんて、短い挨拶を交わし、なんとなく公園へと向かった。どっちが誘ったなんて覚えてない。おそらく自然な流れだったんだろう。
高台の公園。明るければ海が見れたのだが生憎深夜。真っ暗な夜の闇と、ぽっかり空いた白い満月。鉄平と語ることなんていつも同じ。今週の漫画のあそこが面白かっただの、前貸してもらったあの本のあのシーンがよかっただの、その程度のとりとめのない話。そんな中、鉄平がふと月を見上げた。すっと細められた瞳。そして…。
「『あと何回お前とこうして月を見れるんだろうね』なんて言うんだぜ? 中々言えねーだろ、こんな言葉。ドラマじゃあるまいし」
「そうね」
「だろ? ホントいい奴で、そんでもって中々に面白い奴だったよ…」
あの時の俺はなんて応えたんだっけ。「これから何度だって見れるさ」だったか。はたまた「さあ? お前とは死ぬまでこうしてるような気がするな」だっただろうか。
もう思い出せなくて、けれども鮮明に思い出せるあの時の光景。いつかは終わりが来ると知っていて、そんなのはずっと先だと思っていた。それがこんなに早く逝っちまうなんて。結局鉄平と一緒に月を眺めたのはあの日だけで、もう永遠に二回目は来ない。
黒い夜空を見上げる。あの時と同じ、ぽっかり空いた満月に向かって紫煙を吐き出す。つぅーと煙が目に染みて、佳蘭に気づかれないようそっと拭った。
「終わったわよ」
惜しむ様に最後の一口を吸うと、灰皿に三分の一になった煙草を押し付ける。そして火の消えた吸い殻を片付けると、佳蘭の側へと進み、腰を下ろした。
「お疲れ。これで準備出来たな」
「そうね。ここからが本番よ」
二人してパソコンのモニターを見つめる。大量にある画像データの中から、1ページ目を探し拡大した。ぐいっと身を乗り出し、食い入るようにモニターを見つめる佳蘭。けれどもすぐに視線を外し、首を横に振った。
「ダメね。これでも私には強すぎる。ねえ高戸、貴方が代わりに読んでくれる?」
「それでいいのか?」
「いいわ。魔女の瞳を持つ私には見え過ぎてしまう。けれどもそれがない高戸には関係ないことよ。それに繰り返すけれども、この怪異から逃れるには、この本の内容を知ること。必ずしも読む必要はないわ。高戸が読んで、それを私に教えてくれるだけでいい」
鉄平の形見だ。元々俺が読む気でいたから、それは別にいい。問題はこれを読んで大丈夫かどうかだ。佳蘭が言うには俺は問題ないとのことなのだが…。
佳蘭の顔をまっすぐ見つめる。こゆるぎもしない凛とした青い瞳。思わず「ふう」と小さく息を吐いた。
どっちにしろ読むしかねーんだ。四の五の言ってる場合じゃないし、進まなきゃ始まりゃしねえ。佳蘭の言葉を信じるしかない。信じるしかないんだ。
「わかった。いいぜ、読むわ。んで読んだ内容をお前に教えればいいんだな」
「ええ。お願いするわ」
言うが早いか、モニターの前に移動した。そしてごくりと固唾を飲み込むと、モニターに映し出された1ページ目を読み始める。2ページ目3ページ目と読み進めていくうちに、狭まり始めた視界。本を読んでいて今まで何度も味わった、あの感覚だ。物語の中に入り込む前兆。誘われるように、導かれるように文字を追い、ページを進んで行く。自分の意識が消えて、一つの物語と混ざり合う。この物語が人を狂わす怪異だとか、鉄平が死んだ原因だとか、全てが塗り潰され、ただただ読み耽っていく。
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