Moon Light 3

 喫煙所に着くと、そこには俺以外誰もいなくて貸し切り状態だった。贅沢にどかりとベンチに座り、ポケットからマルメンのソフトを取り出す。柔らかな葉の味わいと、微かに感じるメンソール。ガキの頃から吸っているが、相変わらずうまい。

 さっきの民法の授業が予定していた最後の授業で、おまけにバイトもないから完全フリー。今から田畑と加藤の二人に合流して、スロットブン回すのも悪くはないが、イマイチ気が乗らない。同じく気が乗らないなら本でも読もうとリュックから取り出す。

 辞典を思わせる重厚な茶色のカバー。不思議なことに茶色のくせに青色が混ざっているような錯覚を感じる。とはいえまじまじと見つめるとやっぱり茶色で、年代物の古ぼけた一冊。タイトルは『月光』。鉄平が最後に読んでいた本だ。俺とアイツを繋いだものは本だろうと、最後に形見として譲り受けたのだ。

 俺は小学校の頃からクソガキで、今にして思えば相当ヤンチャだったと恥ずかしくなる。それこそクラスの奴を殴るわ窓ガラス大量に叩き割るやらで酷い有様だった。あんまりにも酷過ぎるもんだから、母親から少しは落ち着けと怒られたもんだ。『大人しく本でも読んでろ。一冊読み終わるまで小遣いなしな』なんて鬼のような宣告を受けて、困り果てた俺が助けを求めたのが鉄平だった。それがアイツとのファーストコンタクト。今でもはっきり覚えている。

 マトモに本を読んだことがなかった俺は、どんな本を読んだらいいのか全くわからなかった。教室の片隅でいつも本を読んでいる鉄平ならなんかいいアドバイスくれるだろう。そんな単純な考えで、碌に絡んだことがなかったアイツに突撃することを決めた。

 一人しかいない昼休みの教室。他の奴らはサッカーやドッジボールをしに校庭に行った。普段なら俺もそれに混ざるところだが今日は違う。静かに本を読んでいる鉄平に用がある。

『なあ』

『なに?』

『おすすめの本あるか?』

 興味なさそうに本から視線を外さなかった鉄平が、その時初めて俺の顔をまじまじと見つめてきた。じろりとこちらを品定めするような視線に思わずたじろぐ。鉄平はそんな俺に構うことなく椅子から立ち上がり、教室に備え付けられた本棚へと向かう。考えるようにポリポリと頭を掻くと、一冊の本を取り出し俺に渡してきた。

『お、おう! ありがとな』

 思わず声が上擦る。そんな俺に鉄平は興味なさそうな顔つきで一瞥すると、自分の席に戻り、また本を読みだした。受け取った本をまじまじと見つめる。それは児童向けのハードカバーだった。

 目的の本を手に入れた俺は家に帰って早速読んでみた。それは親友を助けるため、悪魔と契約した少年の話だった。エクソシストとの壮絶な戦い。悪魔同士の抗争に巻き込まれ、のし上がっていく過程。そして全てを取り戻す最後の戦い。面白くて夢中になって読んだ。今でも覚えている。『面白かったぞ』俺のその言葉で嬉しそうに笑う鉄平の笑顔を。

 そのまま二人して本の感想を熱く語り合った。最初のぶっきらぼうさはどこへいったのか、鉄平はニコニコと楽しそうに嬉しそうに笑っていた。

 家が近所なのもあって、それから俺はちょくちょく鉄平から本を借りるようになった。あいつが渡してくる本のジャンルは色々で、ファンタジーや冒険譚、ミステリーなど様々だった。俺と鉄平の感性が似てたのだろう。どれもこれも面白くて、読後の語り合いも滅茶苦茶面白かった。

 右手に持った本の背表紙をじっと見つめながら、もう永遠に訪れることのない時間を思う。バカやるツレは沢山いた。今でも連絡とって、地元に帰った時には酒を飲んだりする大切な奴らだ。鉄平と一緒にいた時間は短くて、所詮本だけの繋がりでしかないが、そいつらに負けないくらい大切なダチだった。だからこそあいつの死を未だに受け止めることが出来ないでいる。

「ねえその本て、どこで手に入れたの?」

 不意に話しかけられ、思わず左手の煙草を落としかける。目の前にサファイヤを思わせる大きな青い瞳。ホールで俺を見つめてきた久留主佳蘭が目の前にいた。

「んだよ。オメーにゃ関係ねぇだろ」

 動揺を隠そうと睨みつけるようにして応える俺は、どこからどう見ても柄の悪いチンピラで。少なくとも初対面の人間にする態度じゃない。けれども佳蘭はそんなチンピラムーブ全開の俺の様子が目に映ってないのか、視線は俺の右手の『月光』に向いたままだ。そんな態度にむかつき、近くの灰皿を蹴る。流石に倒すほど強くは蹴らない。ブチ撒けたら大惨事だし、なにより注意を引けばいいだけ。バコンといい感じの大きさの音が鳴り、ようやく佳蘭が俺を見る。

「ねえ。あんた名前は?」

「和也だよ。高戸和也」

「ふーん。余計なお世話だとも思ったけど、見てられなくて。その本多分善くない物よ。良ければ私に譲ってくれない?」

「バカかお前。いきなり何言ってんだ?」

 一方的に名前を聞いて、自分は名乗らないだけでもムカつくってのに、いきなり俺の本を寄越せってのは流石に酷い。イライラして左手の煙草を一口吸う。そんな俺のイライラに気がついてないのか、佳蘭は捲くし立てるように頓珍漢な言葉を続ける。

「お金の問題? だったら払うわよ。一万円でいいかしら?」

「金の問題とかそんなんじゃねーよ!」

「だったら何よ⁉ こっちは親切心で言ってあげてんのよ! その本は読むと絶対善くないことが起こるから、私が引き取るって言ってんの!」

「巫山戯けんな! この本は大切なダチの…」

 形見なんだよと繋げようとして、そのことに気がついて思わず固まる。さっきまでの怒鳴り合いで熱くなった頭が急速に冷えていく。このアマなんて言った? この本を読むとよくないことが起こる? 確かにこれはあいつが、鉄平が自殺する直前に読んでいた本で…。この女の言う通り善くないことが起こった。まさかこの本に、鉄平の自殺の原因が隠されている…?

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