Moon Light 2
「席取りご苦労!」
「うるせぇ。さっさと釣りと飯寄越せ」
「最近お前機嫌悪すぎ。ほらよ」
そう言って田畑から、小銭と丼ぶりを受け取る。今日の日替わり丼は味噌カツのようだ。本音を言えば普通のかつ丼の方が好きだが、まあたまには悪くない。適当にかっ込んでいく。味の方はまあ普通。学食の飯なんぞにクオリティなんて求めるほど馬鹿じゃない。ワンコイン以下で、肉とそこそこの飯が食えるっていうのが強いだけだ。けど大学生なんぞ貧乏金なし。もう講義もない田畑と加藤も、安さと肉に釣られてこうして利用している。
「オレらこれから駅前のパチ屋行くが、どうする?」
「悪い。気分じゃねぇわ。それにこの後まだ講義残ってるしな」
「お前変なところで真面目だよな。あんなクソつまんねぇの、よく受ける気になるよ」
加藤の呆れたような言葉に「うるせー」と軽く悪態を吐く。こんなド底辺大学に通ってる奴にあの面白さを理解出来るやついねーだろうな。ましてやこんなクズどもは論外だ。
クズ三人集まって会話することなんてギャンブルか女の話題くらいのもの。あの台が熱いだの、天井までぶん回したのに結局単発で、台パンしかけただのくっだらねえ会話。おめえらのパチスロ敗北記録更新なんぞ興味ねぇわ。鉄平のことが頭に残っているせいで、余計にそう感じてしまう。とはいえそんなこと空気を悪くするだけで、取り敢えず上手い事相槌を返して田畑と加藤を楽しませる。
だかが丼ぶり一杯。十分もあれば食いきれる。返却口まで食器を持って行き、そのまま三人揃って喫煙所に向かう。煙草を吹かし終わると二人と別れた。そのままパチ屋に行くつもりだろう。金なしのくせに、ギャンブルに使う金はあるのがクズというもの。さて勝って旨い飯食うのか、負けて金欠を加速させるのか。どっちに転んでも、俺にしてみればどうでもいい話。
次の講義まで十五分ほど時間がある。一瞬だけ本を読もうかと思ったが、時間的に中途半端だし、なにより気分じゃない。とはいえスマホのゲームアプリは、午前中にやりすぎてスタミナはないし単純にもう飽きた。
はあと溜息をつくと近くの自動販売機まで歩いて微糖の缶コーヒーを買った。そのまま喫煙所に向かうと煙草と缶コーヒーの組み合わせを楽しむ。十五分程度の時間なんぞ煙草二本も吸えば大体潰れる。ちびちび缶コーヒーを飲みながら煙草を吸い、喫煙所にいる奴らの会話を盗み聞く。
時間も潰れたし、ニコチンも補充出来た。次の民法の教室目指し歩き出す。廊下を突き進み、まだ人が残っている学生ホールを行く。ふと誰かからの視線を感じて立ち止まり、もしかして誰か知り合いがいるのかもしれないと周囲を見回す。見知った顔はあるものの、どいつもこいつも顔だけ知ってるレベルの奴ばかりで。気のせいかと思った時だった。
一人の女と目が合った。腰まで届きそうな長い金髪に、宝石のような青い瞳。ハーフだろうか。彫りの深い顔に、血管が浮き出しそうな白い肌。こんな大学にいるには、あまりにも不釣り合いな高嶺の花。
こんな奴いたっけかなと記憶を探る。そういえば加藤が、とんでもない美人が最近大学に来るようになったと、興奮しながら話していたのを思い出した。女好きの加藤が流石にあれは無理だと敗北宣言したのが意外で、妙に残っている。とはいえ実物を見ればそれも納得出来るというもの。なんというかジャンクフードしか食ったことない人間に、高級フランス料理店は気後れするようなものだ。だがそれで終わらないのが加藤という男。きっちりとあの女のことを調べ上げている辺り流石だと思う。
名前は
関わりたくないと、視線を外し我関せずとばかりに歩き出す。学生ホールを抜けて階段を上り、民法の教室に着いた。席に着いて教科書とノートを広げていると教授がやってくる。同時にチャイムが鳴って講義が始まった。
教授の板書をノートに書き写していく。要点のみ黒板に書かれているから、無駄に色々書かなくて済むのは助かる。
「さてぇ。キミたちは大学生ということでぇ。十八歳以上なのでぇ、こういう判例も出せるわけなんですがぁ…」
独特なイントネーションと、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる太田教授。出た出た太田の名言、決まり文句。次は男女間のドロドロとした恋愛事情だろうということが今までの経験からわかった。
俺の予想通り次の判例は男が女を妊娠させて逃げただの、婚約中に浮気しただの、まあ聞くだけなら愉快な話。そしてそれの民法的解釈を太田教授が解説していく。こんな昼ドラ展開にまで法律がカバーしてるということが、妙に面白くて思わず聞き入ってしまった。
終了のチャイムが鳴り、太田教授が教室から出ていく。あっという間だった一時間半。適度な満足感と共に、教科書とノートをリュックに仕舞い教室を後にする。向かう先は喫煙所。いくら面白い講義とはいえ、一時間半は中々に長い。切れたニコチンエネルギーを補給しておきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます