第48話 無駄

教師が旅館を抜け出したのがバレたら、ボーナス減らされるかな。

と、思いながらも、結局星田の後をついていってしまう。


「明日早いから、そんなに長くは付き合えないぞ」

「分かってる。教師は生徒より早く起きなきゃだもんな」


諸々の準備の為に、早めに起きておく必要がある。

生徒達は7時に起きる。

朝の支度と準備を考えると、5時半には起きておきたい。


「まあ、出番が少なかった私を慰めてくれよ」

こいつ、最近こればっか言ってんだよなぁ。

文化祭の件は、結果的に相馬が解決した為、星田がお望みの「探偵っぽい」ことはできなかった。


「関係者を集めて推理したかった」


齢27にして、まだこういった希望を捨てていないことに呆れと羨ましさを感じる。


「分かった分かった。10時までな」

「よっしゃ!」


そう言って、星田は俺を居酒屋に連行した。


道中、俺のお金で買ったビールを飲みながら、上機嫌に美味いんだぞと教えてくれる。


京都らしい飲食店といえば、ラーメン屋をまず思い浮かぶが、ラーメン屋は会話するには向いていない店だから仕方ない。


「そこ、ラーメンもあるぞ」

「マジか!」

「今年1テンション上がったな」

ケタケタ笑う星田。


仕方ないだろう。

京都のラーメンを食べるのは、ちょっとした夢だったのだ。


ラーメンは締めにしようという話になり、とりあえず乾杯することにした。


酒が飲めない俺は、コーラを頂く。


「やっぱり京都はいいなぁ。帰ってきたって気がする」

分からないでもない。


「特別、日本史に興味なくても、何故かテンション上がるよな」

「そうそう」


明日に響くかもしれないのに、こんなどうでもいい話で時間を潰していると、贅沢な気分になる。


俺は基本的に、無駄が嫌いだ。


でも、本当に稀に時間をドブに捨てたい気持ちになることがある。


何故なのかは説明できないが、人間に1つは自分でも理解できていないストレス解消法があるだろう。俺の場合はそれだ。


星田との会話は、無駄だけど楽しかった。


たぶん、まだこいつのことが好きなのだろう。


高校卒業と同時に捨てたつもりでいた気持ちが、しつこく残っている。自分がこんなに未練がましい男だとは思わなかった。


自分のことすら分かりきっていない。


だから、佐藤の行動を読みきれなかったことを後悔するのは傲慢だ。


「相馬がさ」


さっきまで、芸能界の悪口を言い合って盛り上がっていたが、星田が唐突に話題を変える。


「たまに言うんだよ。『二月先生が担任で良かった』って」


「・・・」


「あいつ、直接お前を呼ぶ時は『センセー」って呼ぶだろ?でも、私や白井の前だと「二月先生」なんだ」


5月の頭頃、相馬がそう呼ばないことを、多少気にしていたっけ。


「格好つけて、ぶっきらぼうに呼ぶようにしてるっぽいけど、私から見たら、可愛い後輩だよ。あれで仕事が私よりできなかったら、最強の癒しキャラなんだがなぁ」


遠い目をしてそんなことを言う。


俺はたまらず、「トップは少し抜けてる方が良いんだってよ」とフォローしてしまった。

そんな的外れなフォローを無視して、星田は話を続ける。


「相馬はもちろん、白井だってお前を認めてんだぜ?」

「あっはっは」


面白いこと言うなぁ。


「笑うとこじゃねーよ。とにかくだ。お前を評価してる奴は、お前が思うよりいるってことは覚えとけ」


「なんで、今日はそんなに俺を褒めるんだ?怖いんだけど」


家族を除けば最も長い付き合いの星田の狙いが分からない。


もうぬるいであろうビールの残りをグイッと飲む星田が、今度は怒りの表情になった。


なんだ。情緒不安定か。


「なんでかって、そりゃ」


ゲップが出たが、構わず続ける。


「お前が教師辞めるつもりだからだよ」

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