第47話 何考えてるか分からない

2学期の最後のでかいイベントである修学旅行に、佐藤の姿はなかった。


生徒達には、入院したと説明しているが、そんな雑なその場しのぎを信じている奴はいなかった。また、変な噂がポツポツ出たが、安藤が一つずつ潰していった。


1番の中心人物がいなくなった2年2組だが、その場合は代わりになる生徒が現れる。

佐藤の影に隠れて今まで目立たなかったが、クラス全体を引っ張っていく能力がある三原という、カースト上位の女生徒だ。


このように、代わりが控えているのが、組織だ。

だった1人がいなくなった程度で崩壊するのは、組織として機能していない。


佐藤は、「私がなんとかしなくちゃ」と思いすぎていたのかもしれない。


あいつは、優秀ではあっても決して悪にはなりきれなかったんだ。


全く、損な性格をしている。


もし、佐藤が卒業までに学校に戻ってきたら、8000円のルールを話してみても良いかな。

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「修学旅行旅行が京都って、定番すぎるよねー」


京都駅の大きなスペースに集まり、点呼をとっていると、あちこちのおしゃべりの中に、そんな声が聞こえた。


まあ、分からんでもないが、定番ってのは評判が良いから定番になったわけだ。

結局、有名な場所は楽しいのだ。


面倒だけど大事な点呼を終えて、学年主任が話し始める。


例に漏れず、「浮かれすぎないように」というテーマををあの手この手で引き延ばしている15分間は、教師になった今も眠気を引き寄せる。


必死に目を開いていると、学年主任が「では、本日同行して下さるカメラマンさんを紹介します」と言った。


ようやく、少しは興味のある話題になり、生徒達の視線が上がる。


壇上に出たカメラマンは、女性だった。


修学旅行のカメラマンといえば、男性のイメージが強かったため、少し驚く。しかし、今の時代の女性は、様々な分野で活躍しているのだから、そう珍しいことでもないのだろう。


・・・でも、どこかで見たことがある。


「ご紹介にあがりました、カメラマンの星田恵です。皆さんの思い出に残る写真を撮れるように頑張ります!」


その正体は、髪を黒に染めてよそ行きの笑顔を振り撒く星田だった。

\



コミュニケーション能力の化物である星田は、瞬く間に生徒達と打ち解けて、写真を撮りまくっている。


というか、あいつ、暇なのか?


まあ、優秀な後輩2人がいるから、このおてんば社長のすることは、案外少ないのかもしれない。


だからといって、修学旅行についてこられても困るのだが。

今のところは、俺に話しかけてこないので、仕事に専念できる。


他の先生がどうだか知らないが、俺は修学旅行の時が1番神経を使う。


高校生は、小学生とは違った危うさがあるので、いつ、どういう行動をとって行方不明になるか分からない。


はぐれた生徒を探す労力は、想像を絶する。


予定が大幅に崩れるし、もし何かの事件に巻き込まれていた場合を考えると胃痛がしてくる。


好奇心旺盛な高校生達だ。

ブラックな雰囲気の大人とLINEを交換して「抜け出して会おうよ」とかメッセージがきて、友達に口裏を合わせて夜中会いに行ったら、良からぬ集まりだった。

みたいなことも充分あり得る。


自分の管轄下でそんなことになったら、一生後悔する。


「二月先生。もっと楽しみなって」

「怖い顔してますよ」


移動の中のバスにて、わざわざ移動してきた千原と安藤にそんなことを言われた。


驚いたことに、この2人は自ら望んでバスのペアになった。


千原が俺達に情報をリークしていたと知ったら、安藤はどう反応するだろう。

俺のことは嫌いな安藤だが、他の人には概ね優しい。案外、サラッと許すかもしれない。


「そんなに怖い顔してる?」


自覚が無かったので聞いてみる。


「とても」

「ヤバい」


シンプルな回答だが、それだけ今の俺の雰囲気が良くないことは伝わった。


「ただでさえ、何考えてるか分からないって言われてるんだから、気をつけて下さいね」


「えっと、うん」


安藤にそう言われてどう反応して良いか分からなかったので、ずいぶんつまらない返事をしてしまった。


言いたいことを言い終わったのか、2人はクラスの輪に戻っていく。


・・・<何考えてるか分からない>か。


考えていることが分かる奴が1人でもいたら、ノーベル賞ものの偉業だと思う。


この世の生き物は、例外なく何考えてるか分からない。


だから、分かろうと努力する。


でも、結局は分からないまま関係が終わることが99.999%を占めている。

残りの可能性について考えるのは俺みたいな凡人には不可能だ。


せめて、一部だけでもと思い、人と関わる。


それさえもできずに、失敗を繰り返す。

それが人生だ。

\



「寝ろよって言っても無駄だろうから、できるだけ静かにしてろよ」


はーい。と、返事だけは良い男子達の部屋の巡回を終えて、明日の予定を確認してから、一息つきに自販機に向かう。


疲れた。


何か甘いものが飲みたいと思い、リンゴジュースを選択する。

小銭が無かったので、千円札を入れる。


自販機で千円札を崩す敗北感を感じていると、背後の人物が俺より先にボタンを押した。


「あ!」


しかも、酒だ。

俺は酒が飲めない体質だってのに。


どんな奴が顔くらい見てやろうと振り返ると、似合わない黒髪の女がいた。


「よう。久しぶりに飲もうぜ」


星田恵が、ドヤ顔でそう言った。






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