第45話 220円

「佐藤先輩、最近ちょっと元気ないですか?」

「うーん。空元気?」


黒咲苺がバイト先のふじみ野市にあるコンビニのレジにて、少し話す。

時刻は深夜2時なので、他のお客さんがいないからできている。


あの夜から、少し頑張るランニングをする度に、自宅からこのコンビニをゴールに定めている。


文化祭から1ヶ月が経った。


佐藤は、少し早めの部活引退をして、学校中で色々噂が流れた。


怪我をした。

後輩と喧嘩して、返り討ちにされた。

社会人の恋人に夢中になった。

伝説になっている内に勝ち逃げした。

荒川先生との子供を身籠った。


少し前のカリスマ性はなくなり、頭の悪い、嫉妬したブス達の攻撃を許すレベルとなった。


そんな、無責任な噂が流れても、佐藤は表面上は笑顔を絶やさずに安藤達と過ごしている。

でも、安藤や千原とは仲良くやっているようで、その3人で昼飯を食っているのをよく見かける。


「あと、荒川先生、何で突然辞めちゃったんですかね?」


佐藤のことを聞いていた時よりは、ローテンションでそう聞かれて、あまり興味がないんだろうなと感じながらも、必要最低限なことを答える。


「なんか、生徒に暴力振るったんだってよ」

「えー」


基本的に人のことを悪く言わない黒咲苺が顔を歪める。


「それは・・・ヤですね」


それでもこれくらいしか言えない、悪口に慣れていない黒先苺。


今回は、白井さんに頼らずに、俺1人でやってみた。


別に難しくはなかった。


廊下を走っていた生徒を叩く場面の目撃情報が出てくる出てくる。

被害者は、気弱な生徒のみだったので、他の先生にチクるのができなかったらしい。


さらに、女子生徒と女性の先生方からも評判が悪かったので、庇う人はいなかった。


勉強を教えるふりをして身体に触る。

2人だけになった途端のセクハラ発言する。


下手に味方をしたら、学校中の女性から嫌われるリスクを犯してまでの価値が荒川先生になかった。


こうして、説明すると50代のおじさんの話っぽいけど、荒川先生は、俺の1つ上だったはずだ。

一緒に平成時代を送ってきたのだが、令和に対応できなかったのだろうか。


「まあ、それは良いです。佐藤先輩と二月先生、仲良しじゃないですか。何か悩みとか聞いてないんですか?」


「んー」


結局、佐藤とはちゃんと話せていない。


「あ、いらっしゃいませー」


他のお客さんが入ってきた。そろそろ帰るか。


「・・・二月先生と、苺ちゃん?」


その声の持ち主は、今までの会話の渦中の人こと、佐藤愛だった。


「おー。こんなところでどうした?」

「いや、そっちこそ」

「あ、ちょっと友達に会いに」

「友達・・・」


俺の中で、黒咲苺は生徒というより、下らないことを聞いてくれる友達という位置にいた。

星田と話す時には、ほんの少しだけ格好つけてしまうが、黒咲苺にはそれすらない、気安い関係でいることができている。


「さ、佐藤先輩はどうして、こちらの方に?」


憧れの先輩を前に、緊張気味に話しかける黒咲苺。


「あ、私は学校から離れたところでバイトしたくてここに・・・」

「そうなんだ」


例の笑顔。

なんか、飽きてきたな、その顔。


「私は、ちょっと歩きたい気分になったから、ここまできちゃった」


「え?二月先生と一緒ですね!」

「え?」


そのつまらない顔が、少し崩れる。


「そうなの?」

「ああ。考え事しながら歩いてたらここに来て、黒咲に会った」


何故か俯く佐藤。


「お二人とも、似てるところありますよね」

「え?どこが?」

佐藤が心外そうに聞く。


「えっと、色々あるんですけど・・・1番は優しいところ?」


「・・・二月先生はともかく、私は優しくないよ」


「いや、佐藤先輩も優しいです。1年生でも、佐藤先輩に助けられた人がいっぱいいます。私もその内の1人ですし」


「・・・ごめん。帰るね」


なにも買わずに店を出た。


「二月先生、送ってあげて」


佐藤が出た自動ドアを見ながら黒咲苺が言う。


「え。でも、車とか無いよ?」


ランニングシャツのポケットに家の鍵とご銭が入っているだけの状態だ。


「良いから」


出会ってからこれまでに、1番の意思を感じた。


「は、はい」


俺は、慌ててコンビニを出ようとすると、「あ!」という黒咲苺の声に振り返る。


「コーヒーも持っていってあげて下さい」


あの日、一緒に飲んだメーカーの缶コーヒーを二つ投げてよこす。


「220円です」

「・・・はっ」

優秀なコンビニ店員だった。




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