第36話 自分を甘やかせ
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
高校2年の遊佐二月は、机に突っ伏して込み上げる吐き気に必死に耐えていた。
その日の教育は終わり、後は帰りのホームルームを待つだけの9月中旬のことだ。
その日は、急遽全校生徒と教師での集会が開かれた。
5限目を潰して開かれた集会で、校長先生は、重い口を開いた。
俺達の同級生が自殺した。
相変わらずのまどろっこしい説明だったが、その時の校長先生の話だけは、しっかり聞いた。
最後に黙祷をして教室に戻ると、3人の男子クラスメイトがケタケタ笑っていた。
昨日観たテレビの話でもしているのかと思ったが、違った。
「自殺した奴の名前が、俺に似てて焦ったわー」
「俺も思った!笑い堪えるの大変だった!」
「それなー」
何が面白いのか、本気で理解できなかった。
人が亡くなったという事実を、自分達のグループのネタに使ってしまう、面白さを履き違えた感性を持っている連中と同じクラスなのが、恥ずかしかった。
ブサイクな顔を誤魔化すために髪を必要以上にいじりながら騒いでいる彼らが視界に入ってしまう。
この学校は、お世話にも偏差値が高いとは言えない。
ドラマとかで、勉強ができる生徒を悪く描き、できない生徒を良く描く吹聴があるが、現実では、真逆だと思う。
もちろん、例外はあるだろうが、基本的に頭が悪いと性格も悪くなる。
考える習慣が少ないから、思ったことをそのまま口に出す。
それが、一生物の恥になるとも思わずに。
中学生、いや、小学生から勉強を頑張って、もっとマシな高校に通うようにするべきだったと、後悔した。
\
「ヴオェア」
トイレに行っても、吐けない。
不快感はあるが胃が空っぽだからか、何も出せない。
部活に行かなければならないが、それどごろではない。多少は体調を回復させなくては、次の行動を起こすのは危険だ。
人気の少ないところで休憩しようと、図書室に向かうために階段を上っていると、女子ヤンキーが近づいてきた。
「なんだお前、死にそうな顔してんぞ」
学校指定ではない黒いジャージに、金髪にピアスの厳ついその女子は、星田恵。
現在でも、腐れ縁が続いている、唯一の友達だった。
「ちょっと待ってろ。なんか飲み物買ってくる」
ものすごいスピードで走っていった。
廊下を全力疾走で走っている。
「・・・」
踊り場で座り込み、星田が来るのを待った。
こうしている間、自分のために動いてくれていると人間がいると分かると、少しホッとする。
\
星田とは、1年時の5月に出会った。
上手いこと友達ができずに焦っていた。もうすぐゴールデンウイークに入るというのに、一緒に遊ぶ相手がいないことに恐怖していた。
友達スランプと言えば良いのか、今までどうやって作っていたのかが分からなくなっていた。
休み時間にやることがなくて、周りを見ていたら、俺と同じく1人でボーっとしている星田が見えた。
1番前のど真ん中というハズレの席で、スマホをいじっているヤンキーに、皆ビビって近づかない。もちろん、俺も話しかけたことがない。
何やらスマホで文章を書いているっぽい星田は、何かに夢中になっている者が魅せられる輝きを放っていた。
そんな、孤高のヤンキーとシンプルなボッチの俺が仲良くなったキッカケは、図書室だった。
ボッチが逃げ込む定番の場所は、どこの学校も図書室が上位に入るだろう。
人が少ない。
長時間いても許される。
静か。
満点のエスケープゾーンだ。
ある日の昼休み、俺は例によって図書室で本を読んでいた。
そこに現れた星田恵という異分子に警戒はしたが、不快には思わなかった。
学校という場所に違和感を感じていた俺は、クラスの陽キャよりも、星田の方が印象が良かったからだ。
しかし、星田恵と図書室の組み合わせは、他の利用者に恐怖を与えたようで、ポツポツいた生徒が去っていった。
その様子を見て、俺は彼らではなく星田が気の毒だと感じた。
どんな奴だろうと本が読みたい奴を受け入れるのが図書室だ。
しかし、当の星田は全く気にした様子もなく、本棚を練り歩き、一冊の本を手に取り、その場で読み始める。
どんな本を読んでいるのか気になったが、タイトルを盗み見る下品な真似をしたくなかったので、俺も視線を本に戻す。
昼休みは残り10分しか無かったが、どうしてもキリの良いところまで読みたいと、時間を無視していたら、もう手遅れだった。
やべー。今からでも急ぐかと腰を上げると、星田がまだ本を読んでいることに気づいた。
人間は、ここまで集中できるのかと感嘆するほどの没入ぶりで、声をかけるのに躊躇したが、馬鹿のくせに薄い正義感がある俺は意を決して話しかける。
「あの、授業始まってるよ」
「ん?あぁ、うん。もう良いんじゃん?」
本から目を離さずに星田は言った。
「後でお腹痛かったとか言っとくよ。二月もそうしな」
こちらの名前を覚えてくれていた。この覚えやすい名前をつけてくれた両親に、今までの人生で最大の感謝をした。
それから、一緒にサボってから、変な一体感が生まれて、唯一の友達と言える存在となった。
\
「ほれ。お茶だ」
「・・・ありがとうございます」
少しだけ飲む。
この時も、お茶の美味しさに驚いた。
「どうしたよ」
星田になら話しても良いと思えた。
唯一の友達であり、唯一の味方であったこいつになら。
俺の拙い説明を聞いた星田は、真顔でこんなことを言った。
「お前は、優しすぎるんだな」
この頃から、優しいと言われると否定したくなる俺の反発よりも先に星田は続ける。
「その優しさは、お前を壊すかもしれないから、適度に悪を取り入れろ」
悪。
「悪って言っちゃえば大袈裟か。そうだな・・・自分を甘やかせ。楽を覚えろ」
こいつ、今割と重要なことを言った気がする。
「逃げても良い時まで立ち向かわなくて良い。そんな奴らにお前は関わらなくて良い」
しかし、その時の俺には、「逃げる」ことは恥ずかしいことだと刻み込まれていたので、上手く返すことができなかった。
そんな俺の頭を星田は撫でた。
この9年後、再び撫でられることを知らない俺は、ただ狼狽えた。
「あのな、私、小説書いてんだよ」
脈略なくそうカミングアウトする星田。
まあ、予想はしていた。
小説が大好きな星田が、定期的にスマホとにらめっこしているのは、そういうことなのだろうと。
「小説サイトで読めるぜ。評価もしてくれな」
\
星田の小説は、アラは目立ったが、読み応えがあった。
爆発する思考を小説に閉じ込めたという感じ。
話の内容は、探偵が色々な人を助けていく王道ストーリー・・・と思いきや、分かりやすい解決をするエピソードは少なく、孤独な者が孤独なままで、それでも生きていく話。
辛いことはあるけど、死にたくはないから、とりあえず生きることを選択するキャラクター達を読んでいて、こう言われている気がした。
「焦るな焦るな」
\
「読んだ?どうだった?」
翌日、嬉しそうにそう聞いてくる星田に言う。
「まあまあかな」
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