第35話 嫌いな街

もう終わりかもしれないという現実逃避をしている場合でもないことは分かっていた。


しかし、もはや8000円のルールが機能していない気もするが、どう考えても働きすぎていた。


人間、休息を忘れると碌な目に合わない。


確か、どこかの駅に90分熟睡できるとかいう店があったはずだ。

そういう店が東京のど真ん中にあることに、日本の大人がまだまだ働きすぎなんだと感じる。


働き方改革やら、コロナの影響やらで多少はマシになったが、無駄な仕事に時間を取られて疲弊する人はいる。

日本人はない仕事を作り出すのが上手で、「それって、こうした方が効率的ですよ」と若輩者に言われるお偉いさんが蔓延っている。


作業効率のために昼寝の時間を作っている会社があるらしい。

馬鹿にする人もいるが、そいつは睡眠の勉強をしてこなかった愚か者だ。

知りもしないのに印象だけで否定する老害に未来はない。

まあ、老害さんは過去ばかり見て未来に興味がないからそんなもん無くても良いのだろう。


閑話休題。


自分の活動限界が見えてきた俺は、睡眠を「売っている」お店に足を運んだ。


アロマや音楽でリラックスできる環境で質の良い睡眠を取れると店員さんが説明してくれた。


よし、寝るぞと意気込んだが、かかっている音楽が、90年台のオルゴールバージョンである。

誰もが知っている名曲をオルゴールで聞かされると、歌詞を思い出そうと余計な思考をしてしまう。


頑張れ二月!寝るんだ!金払ってんだぞ!


そう自分にプレッシャーをかけるも逆効果で、90分間、横になって目を閉じているだけで終わった。


退店時、店員さんに寝てないことがバレないように、スッキリした表情をした。


寝れはしなかったが、横にはなっていたので、少し体が軽い。


家に帰っても漫画読むくらいしかやることないし、行き先も決めずに電車に乗る。


たまに、適当な駅で降りて、その周辺をぶらぶらしている。


時刻は午後9時。


東京が最も元気な時間だ。

居酒屋などはもちろん、遊び場も賑わっている。

どこで降りても楽しいだろうが、俺は、唯一嫌いな駅で降りた。


偶然だったら格好いいが、狙った。


何故なのかは自分でも分からない。


自罰趣味があるわけではないが、電車の掲示板でその駅名を見た時、降りなくてはならないと、半ば強制的な意思が働いて降りてしまった。


店が全くないわけではないが、大型施設には、20分ほど歩かなければならない東京とは思えないその街を歩き出して、あの頃のことを思い出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る