第34話 黒幕
イジメの主犯の3人は、学校にこなくなった。
千原の時と同様、家庭訪問させてもらったが、本人に会うことはできなかった。
加藤のお母さんは、ものすごく息子を溺愛しているタイプで、何かの間違いだとヒステリックに言っていた。
動画まで出回っていてもなお、自分の息子には罪は無いと信じることができるのは、尊敬に値する。
俺はと言えば、星田が何かしらの罪を犯したと聞かされたら、「何やってんだお前」だけで済ませると予想できる。
星田に限らず、「あの人に限ってそんなことをするわけがない」という考え方には至れない。
そう信じるには、人間に期待できなくなっている。
本人からしたら、やったのにやってないと断じられるのも、冤罪とは別の辛さがありそうだ。
禊をさせてくれない。
楽にさせてくれない。
ルール3 優しさを履き違えない。
そんな、歪な優しさに守られている彼らは、不幸とも言える。
さて、会えない人のことをこれ以上ダラダラ考えるのは、コスパが悪い。
次の仕事をしよう。
「・・・はぁ」
気が重い。
まだ、100%決まりではないのだが、そうである可能性は非常に高い。
俺はもう一度ため息をしてから学校に向かう。
今までで最も気が進まない仕事をするために、歩き始める。
\
現在の時刻は16時半。
あいつは、部活動中だろうか。
部活が終わるまでには、少し時間がありそうなので、陸上部に顔を出してみるかと、グラウンドに向かう途中、下駄箱で立っている黒咲苺を見かけた。
考えるポーズを少ししてから、黒咲苺は校舎に戻る。
少し気になったので、例の下駄箱を見てみた。
「黒咲」と書かれた下駄箱を開けると、中に入っている靴が、苺牛乳で汚れている。
苺牛乳と靴と汗の匂いが混じって、何とも不快な匂いになっている。
また、いじめ。
どいつもこいつも暇なのか。
苺って名前をもじったってか?
こんなことよりも、楽しいことは腐るほどあるだろうに、やらずにはいられないのか。
ほとんど、中毒者と同じだ。
さて、見てしまったからには、掃除しなければ。
雑巾や洗剤のあるロッカーで必要なものを調達して掃除していると、黒咲苺が戻ってきた。
「あ・・・ははは」
平坦な、ただ声を発しただけの笑い声。
「いやー、お恥ずかしい。先生忙しいのに、こんな・・・」
「2人でやった方が早いから」
自虐が始まりそうだったので、先手を打った。
「ほれ、お前も手を動かせ」
雑巾を持っているので、こいつも掃除をしようとしていたはずだ。
「・・・はい」
雑巾で苺牛乳を拭いたことで生じた、さらに不快な匂いに耐えながら、2人で掃除していると、声をかけられた。
「何してんのー?」
佐藤愛である。
部活が終わったのか、制服姿だ。
「掃除」
これ以上ないくらい簡潔に答えると、「手伝うよー」と、寄ってきた。
俺の隣にいる女生徒に気付き、「どうもー。お名前は?」と、小学生に対するようなコミュニケーションを図る。
「く、黒咲苺です」
「黒崎一護?」
俺と全く同じ反応をしている。
つーか、こいつ一護知ってんのか。世代ではないと思うのだが。
「えっと、果物の苺です」
「へー。いい名前だね」
「ありがとうございます」
さすがコミュ力強者。初対面でも良い雰囲気を作ってくれる。
「二月先生と知り合い?この先生、自分の担当のクラス以外はてんで興味ない人だよ」
その通りだが、別にお前らにも興味があるわけではない。
それから、黒咲苺が痴漢から今までも説明をしてくれた。
説明に疲れていた俺からしたら、この役割を引き受けてくれるのは、非常に助かる。
「そっか!仲良しだね」
それから、和気藹々と3人で話した。
正確には、佐藤が1人で9割喋った。元からおしゃべりな奴だったが、今日は特に口数が多い。
さらに、他の下駄箱より綺麗にしようと言い出して、激落君を持ってきて、熱心に磨いていた。
ピカピカという効果音が聞こえそうなくらい綺麗になった下駄箱を満足げに見て、「じゃあね!」と帰っていった。
陽キャすぎる。
黒咲苺は、そんな佐藤を見送ってから「・・・優しかった」と言った。
まあ、確かに佐藤は優しい。
しかし、下駄箱が何故汚れているのかという根本的な質問をしてこなかったことが、俺に本日3回目のため息を吐かせた。
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ここまで読んでくれた方々は、もう気づいていると思うが、佐藤愛が小泉をけしかけた黒幕だ。
\
動画を白井さんに見せて得た情報から、俺は佐藤が怪しいと睨んだ。
ああいう動画を撮るには、それなりに頭が良く、協力者もいないと難しい。
さらに、左利きの女性は、俺の知り合いの中では、佐藤しかいない。
あいつは、見繕ったようなタイミングでいつも現れる。それが偶然やら運命やらで片付けるほど、俺は楽観的になれない。
どんな方法を使っているのか知らないが、誰がどう動くのかを先読みしている。
そんな雑な推理が当たっているとは思えなかったが、先ほどの佐藤の言動は、無関係ではないと思わせた。
知ってしまったら、放って置けない性分の俺は、これで逃げられなくなった。
だから、言ったんだ。
やるなら巧くやれって。
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