第31話 優しくなんかない

2年2組担任、遊佐二月が何をするべきか?


事件の解決?

違う。解決も何も、もうバッドエンドだ。解決する様なことはないし、解くべき謎もない。


生徒達のケア?

違う。プロのカウセラーがいる。知識のない素人がしゃしゃり出る必要はない。もちろん、悩み相談を持ちかけられたら、話は聞くが、傷害事件に傷ついた人間の心を楽にする声かけなどできない。


まずは、社会人として、2年2組担任の教師として、被害者のお見舞い行くことを優先する。

今までの語り口では、馬場先生が死んでしまった印象を与えたかもしれないが、傷口が浅かった様で、2ヶ月の入院で済んだ。

だからと言って、「不幸中の幸い」なんて無責任なことは絶対に言ってはいけない。


刺されているのだから、幸いなわけがない。

幸いというのなら、小泉の方だろう。

殺人犯にならずに済んだのだろから。


その内、小泉に会いに行く予定だが、順序は大事にしなければならない。

カレーを作るのに、食材を揃える前に皿を用意しても、何も意味がない。


「怒鳴られないかな?」

「んー。分からん」

何故か着いてきた佐藤。


生徒は自宅待機のはずなのだが、病院行きのバス停に現れて、共にバスに揺られている。

「あと何分くらいで着く?」

「たぶん、20分くらい」

いつも突然現れるから、もう慣れてしまった。


「・・・」


何やら、今日は口数が少ない。

耐える様に俯いている。


「次で降りるぞ」

「え?」


少しだけ顔を上げてそう言ったが、問い詰める元気はない様で、再度俯く。


辺りが田んぼだらけのバス停で降りる。佐藤には、ベンチに座ってもらい、自販機で飲み物を買いに行く。

こないだ、めちゃくちゃ美味く感じたメーカーのお茶があったので、2つ買う。


ゴトンッ。


どうでもいいが、自販機の商品が出てくるこの音が好きだ。

ベンチにうずくまる佐藤を遠目で見る。


実は、俺も乗り物酔いが酷い。

今日は、予め酔い止めを飲んでいたから症状は出なかったが、飲まずに乗ったら、佐藤と似たような状態になる。絶対なる。

昔は、乗り続けることで慣れてくるという話を信じて、めげずに様々な乗り物に乗っていたのだが、現在26歳に至るまで、乗り物酔いは良くならなかった。

車を運転する時は、事故らない様に強い酔い止めを飲んで臨む。

夏休みに陸上部員達を乗せた時は、割と緊張していた。


だから、今、佐藤が割としんどいことは分かる。


「ん」

お茶を差し出す。

よく、少女漫画で後ろから冷たい缶やペットボトルを頬にくっつける件があるが、あれを酔ってる時にやったら、それをきっかけに吐いてしまうかもしれない。


「・・・ありがと」

礼を言って、ほんの少しペットボトルに口をつける。


2分ほど、ボーっとしていたら、「ごめん。余計な仕事増やして」と言われた。


仕事。


体調悪い奴にお茶を買ってくるのが仕事と言われると、なんだか否定したくなるが、学校という職場の生徒に対しての行為なのだから、佐藤の表現は間違っていないのだろう。


「もう大丈夫。行こっか」

「うん」

そう言って歩き出す。


バス停を無視する。


何か言いたげな佐藤に、「もうすぐだから、歩いて行こう」と言うと、佐藤はニヤニヤ笑う。

「やっぱり、二月先生は優しいよ」


違うよ。

こんなんで、優しいと女子高生に思わせる世の中がおかしいんだよ。

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