第28話 手遅れ

「なんで大人って、シンプルな話を複雑にしたがるんだろう」

「いや、お前も大人」


疲れた。

ここ10年で1番疲れた。


「お前のとこのクラスの生徒だったんだろ?そりゃ聞きたいことなんか、わんさかあるだろうよ」

今日は、件の事件の保護者説明会だった。


起きたことを説明するだけなら、10分で済むのだが、「何故、こんなことが起きたのか」「その生徒からのSOSは感じ取れなかったのか」「これからも、我が子を通わせても安全を保障できるのか」など、理路整然と説明しても、角度を少し変えた質問をされて、こちらも表現を少し変えて再度説明する。校長にも意見を求める。俺がさっき言ったことを5倍の長さで話す。具体的に言えとヤジが飛ぶ。時間を下さいとお願いする。

みたいなやり取りを2時間した後の星田探偵事務所である。


「まぁまぁ。みんな、何らかの説明が欲しいんだよ」


気持ちは分かるが、今日は完全に給料分以上に労力を使ってしまった。

幸いなことに、明日は土曜日だが、午後から警察に事情を説明しなくてはならない。

また、説明。

人にものを教える仕事をしているが、これは教えるというより、確認であり、単純作業を長時間続ける時と同じ種類のダメージを受ける。


「とりあえず、今日は飲めよ」

「酒飲めないんだって」

今日ほど、飲めれば良かったと思った日はない。

\



時計を見ると、深夜1時だった。

結局ソファで寝てしまったようで、身体がガッタガタだった。


向かいのソファには、星田が寝ていた。

俺の愚痴を聞いてくれたのには感謝しなければ。

さて、目が冴えてしまった。

俺と星田が愚痴りあっていた間、白井さんと相馬は話に参加しなかったが、あれは気を使われていたのだろうか。

だとしたら、メチャクチャ迷惑な客だな。


その2人も自分の部屋で寝ているだろうから、起こすわけにもいかない。


別に用事もないけど、外に出ることにした。

\



東京と言えど、この時間に空いている店は少ない。

一昔前前はたくさんあったらしいが、夜にしっかり寝る社会になったのは良いことだと思う。

しかし、今はどこに向かえば良いのか分からないのは困ったものだ。


適当に歩き出してみる。


いつもよりゆっくりと、歩く。

散歩は、考え事と相性が良い。


歩道橋を見つけたので、登ることにした。

毎回、思ったよりも階段が多いことに億劫になりながら登ることになる歩道橋も、今は登るのが億劫ではない。

登りきったところで、景色は大したことないが、小さな達成感がある。


自販機で買っておいた缶コーヒーを飲む。

甘すぎるが、脳を回転させるには丁度いい。


ここ数日、様々な対応に追われすぎていて、被害者が出たことについて考えてこなかった。

こうして、冷静になってみると不思議に思った。


体育教師にいじめられている生徒は、学校の数だけあると思う。刺したいと思うこともあるだろう。しかし、小泉は実行した。

してしまった。


心の中では足りずに実行してしまえば、それは社会に負けたことになる。


被害者から、加害者になってしまう。

倫理観を度外視して言ってみれば、割りに合わないのだ。

今後の人生とクズを刺す行為の価値には雲泥の差がある。

小泉は馬鹿ではなかったのに、勝ち目のないギャンブルをした。

ここに、違和感がある。


「・・・」


違和感に気づいたからと言って、そんなもんを調べたところで一千の価値もない。

つまらない気持ちになり、再び歩き始める。

俺がどうしたところで、もう起きたことはどうしようもない。


何が教師だ。


相馬や千原の様に、学校に馴染めない生徒の力に少しでもなれたと自惚れていた。

同じ空間にいて、人間を刺すまで追い詰められるまで、俺は楽観視していた。

人にものを教えるということを舐めていた。


頭の隅に、辞表の2文字がチラついた。


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