第18話 使えるかも
夏休みの校舎が割と好きだ。
部活がある生徒以外はいないので、人が少ないという単純な理由である。誰も見ていなかったら、廊下を全力疾走してみたりする。
「廊下は走ってはいけません」というルールは、人にぶつかって怪我をさせてしまう可能性が高いからだ。その人がいないのであれば問題あるまい。
ルールは、守らなくても良い場合は守る必要はない。
全力疾走してゼイゼイ言いながら職員室に向かっていると、荒川先生に声をかけられる。
「具合悪いんですか?」
「いや、さっき陸上部の連中と走ってきたので」
大嘘をついた。
「良いですね。やっぱり人間は運動しないと」
荒川先生はバドミントン部の顧問だ。
学生時代にバドミントンをやっていたが、別に強くはなかった。
そのくせに、ずいぶん厳しい指導をしている。
ミスをしたら罵声を飛ばす。
勉強よりも部活を優先するように威圧する。
声が小さいことを大犯罪を犯したのかと錯覚するほど責める。
さっきも言ったが、荒川は学生時代に名選手だったわけではない。
普通の選手だった。
今のエースの佐藤の方がよっぽど結果を残している。
格下の相手に理不尽に怒鳴られている。
荒川先生が佐藤よりバドミントンで優っている部分は一つもない。
指導者としても未熟で、練習メニューの立て方に無駄がありすぎると、佐藤がよく愚痴をこぼしている。
「能力の低い先生より、能力の高い同級生に教えてもらった方が断然、有意義だよー」
本当にその通りで、スポーツを教えることは、勉強を教えるよりも難しく、その人に合ったやり方を見つけていく必要がある。本の通りにやって結果が出るジャンルではない。
しかし、教師というのは、基本的に勉強馬鹿なので、できないのは本人の努力不足と判断する。
さらにタチの悪いことに教師ドラマや漫画に憧れている奴は、無駄に厳しくなる。
この場合のやる気は、百害あって一理なしだ。
強豪校でもなんでもない、ふつーの公立高校の運動部で、金も貰えないないのに、誰が修行みたいな部活ライフを送りたいのだろう。
俺が知らないだけで、需要があるのか?
「運動はいいですよね。身も心も健康になる」
虐待と大差ない指導をしている人は心が健康なんですか?
と、言おうとしたけどやめた。
\
「手紙渡せた!?」
またもやグラウンドでぼーっとしていたら、佐藤に捕まった。
「うん。喜んでたよ」
本日2回目の嘘。
この嘘は、ルール3『優しさをはき違えない』を守るための嘘なので許してほしい。
何でもかんでも正直に言うのが善ではない。
「そっか!じゃあ、2通目も書こうかな」
役に立てて嬉しい感情が伝わってくる。
「あー・・・あんまり送りすぎると、逆にプレッシャーになるかもだから、もう少し間を空けようか」
「なるほど!」
そう言って、「なんかできることがあったらなんでも言ってね!」と言い残して水道の方へ走って行った。水分補給は大事だ。
なんか、佐藤と千原に気を遣っているこの状況に、だんだん腹が立ってきた。
しかし、佐藤を責めても何にもならない。かと言って、千原に事情を聞くのも躊躇われる。
第三者に話を聞くのが得策なんだが、こいつら2人だけのコミュニティの話だ。知っている奴は他にいない。
こんな時は・・・。
\
「助けて〜星えもーん」
「どうかしたんすか、センセー」
10年来の友達のノリを元教え子に見られてしまった。
しかも、星田はいない。
「えっと・・・相馬オンリー?」
「はい。2人とも、パチンコに行きました」
仕事じゃねーのかよ。
パチンコねぇ。星田ならイメージしやすいが、白井さんは浮いてるだろうなぁ。
「そっか。じゃあ、相馬でいいや。」
「スゲー偉そうっスね」
「客だから」
クスッと笑う相馬。
こいつの笑った顔初めて見たかも。結構上品な笑い方だな。
相馬も今は星田探偵事務所のメンバーだ。依頼主からの情報を流すことはしないだろう。
ずいぶんと身を乗り出す相馬。
探偵っぽいことができて嬉しいのだろうか。
\
「あー。佐藤なら、俺にも話しかけてきましたよ」
話を聞き終わると、相馬はちょっと重要かもしれない情報を教えてくれた。
「ご存じの通り、俺、ボッチだったんでスけど、佐藤はそれなりの頻度で話しかけてきましたね。全部無視しましたけど」
完全にATフィールドを張ってた時期だ。ていうか数ヶ月前だ。
「俺みたいなはぐれものにも優しい、なんか漫画のヒロインみたいな奴って印象です」
ふむ。
「・・・センセー、帰ってじっくり考えたいでしょう?」
「お?」
「今、完全に脳内で俺を認識してないっぽい感じが出てます。俺はセンセーがどんな人か少しは知ってるからいいですけど、他のやつの前でその顔したらビビられますよ」
驚いた。
その指摘は、かつて白井さんに言われたのとほぼ一緒だった。
白井さんの観察眼は常軌を逸しているので、俺の考えていることの7割は見透かしてしまう。
その白井さんと同じ分析を、就職して1ヶ月ちょいしか経っていない相馬がしてみせた。
「はは。気をつけるよ」
顔がニヤけるのを必死に抑える。
恐ろしいと同時に、楽しみでもある。
思っていたよりも、使えるコマになるかもしれない。
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