第19話 部活との適切な距離
千原のことも気になるが、夏休みの仕事は他にもある。陸上部員達の引率だ。
やる気のない顧問とは言っても、大会の手続きや車を出す必要がある。
車の運転は得意ではないのだが、この時ばかりは頑張ってレンタカーで生徒達を乗せる。
レンタカーを借りてまで引率を買って出たのには、理由がある。
俺が中学の時は、部員50名全員で2時間かけて会場に行くという、近隣の皆様に多大な迷惑をかける移動をしていた。
金がなくてバスが手配できなかったのは分かるが、ああいうことを平気でやるから教師は怖い。
「歩いている人に迷惑をかけないように!」とか言っていたけど、もうとっくに迷惑をかけている。
生徒側からしても、ほぼ選択肢なく愚かなチャリ集団の一員にさせられる。情けない、馬鹿馬鹿しい。そう思いながら黙々とペダルを回す。
当然、信号を50人全員が渡り切れるわけがないので、ここでいざこざがあった。
顧問が3分の1ほど渡れなかった俺を含めたチームメイト達を説教した。
天下の公道で。
50台ものチャリを近くにあるコンビニにとめて(正気か?)、「たるんでる」と約30分説教された。
俺は、いつ苦情を言ってくる人が乱入してくるか気が気ではなかったので、説教を聞いていなかった。
よく、頭の弱い学生が道のど真ん中でたむろっているのを見るが、そういうタイプがそのまま大人になってしまったのだと、今では思う。
他の社会経験がない、ストレートで教師になった人は、気をつけた方がいい。常識が通じないから。
で、長いこと中学時代の顧問をディスってしまったけれど、一応顧問になった27歳の遊佐二月は、移動だけはちゃんとしようとしているという話をしたかったのだ。
これから、全力を出して走るって時に、無駄な体力を使わせないくらいの気遣いはできる。
幸い、6人しかいないので、一台の車で事足りた。
「二月先生の車、綺麗ですね」
「レンタカーだからね」
この年からお世辞を言おうとしている健気な部長、岩倉まなみ。
俺の担当する2年2組の委員長でもある。
今時珍しい「先生の言うことは聞かなくてはいけない」と信じている彼女は、知能指数が低い教師からの受けが良い。
尊敬されたい欲求が異常に高い人達は、あからさまに贔屓している。
成績も良いため、文芸部辺りにいそうな雰囲気だが、この陸上部の長距離のエースでもある。
部長でエース。
まあ、6人の中のエースなので、めちゃくちゃ早いわけではないが、こないだの県大会では、半数より上の順位だったはずだ。
「先生、車持ってないもんな」
後部座席に座っている最原勇気が言う。
いわゆるムードメーカーというやつで、1時間の移動では、とても頼りになる。
「やっぱ、男はカッケー車を持って初めて一人前っスよ」
「昭和オヤジみたいなこと言うじゃん」
「最近の若者は車に興味ないとか言うけど、んなことねーから、な?」
「はい」
最原が話を振ったのは、1年生の小田茂雄。
「アニメとか映画観てたら、憧れます」
確かに、今も昔も車が人気の作品は多い。世間が言うほど車離れはしていないのかもしれない。
「私も、彼氏にはカッコいい車に乗っていてほしいです!」
同じく1年の飯田キララ。
名前を裏切ることのない、明るく活発な娘である。コミュニケーション能力も高く、タイプが違う岩倉とも仲良くやっている。
そんな会話に入ろうとしているが、タイミングを考えすぎて頷いだり相槌を打ったりしているのが、2年の小倉沙也加。
面白いことを言おうとして、逆に黙ってしまうタイプだ。会話はあまりしないが、部内で小倉を悪く言う奴はいない。本人の意思に反して、「聞き上手」としての立ち位置を確立している。
「・・・」
それとは逆に、会話に混ざる気が全くない赤井颯太。
今もジッと景色を見ている。
話さなくては死ぬというわけではないので、放っておいている。
本人が仲良くしたいと思っているのなら何かしらのアクションを起こすが、頼まれてもいないのに張り切るのは、今のところ避けている。
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たぶん、バランスがいいであろう陸上部員達を乗せて走ること40分、会場に着く。
打ち合わせという名の自慢大会に耐えた後は、基本的に暇だ。
他の先生方は、これから本番を迎える選手達に精神論を説くのに忙しいので、話し相手は、競技の間に同じく暇そうにしている部員達になる。
この6人とは、部活に対する考え方が合っているようで、今まで衝突は一度もない。
「たかが、部活」
これが我々の共通認識だ。
もちろん、練習は頑張ってやる。
だけど、勉強に影響が出るほどの時間や労力をかけない。
軽い思い出ができれば良い。
一時の気の迷いで部活中心の学園生活を送り、順位が16位から12位になったところで、それが何になる?
他人から見たら、16位も12位も「中途半端な順位」であることは変わらない。そんなどんぐりの背比べに青春の全てを賭けるのは割に合わない。
将来、プロになるという夢はないけど、走るのが好きという生徒が集まったこの部活動に、そんな何にもつながらないことはしない。
勉強と部活を両立するのが凄いらしいが、勉強に力を割いた方が良いに決まってんだろ。
どちらも全力でやっていたら、途中で潰れる。
潰れた生徒は、簡単には元に戻らない。
その生徒のケアをするのは馬鹿馬鹿しいメニューを強制した教師ではなく、カウンセラーやお医者様だ。
何をしている?
人を1人潰しておいて、何故自分の指導に疑問を抱かない?
気合いが足りなかった?
いや、そんな精神論ではなく、具体的に分析しろ。
それができないなら、お前は教師をやめるべきだ。
これ以上、犠牲者が出る前に。
\
「二月先生?」
「お?」
「大丈夫ですか?すごい顔してましたよ」
しまった。
相馬に忠告されていたのに、生徒をビビらせてしまった。
「大丈夫大丈夫。次、岩倉だな。応援するからな」
「はい」
本当に、損な性格をしている。
こんな奴、放っておくべきなんだよ。
教師の癖に、一番大切なことは教えない俺は、やはり半端者だ。
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