第15話 夏休み≠地獄
喉が少し痛いが、ほぼ治った。
7月10日。
もう一踏ん張りで夏休みということもあり、生徒達の浮かれ具合が普段より強い。
そりゃそうだ。
なんだって1ヶ月ちょい自由な時間が増えるわけなのだから、「浮かれ過ぎないように」なんて無理だ。
浮かれるために夏休みはあるのだ。
大人になれば、こんなデカい休暇は基本的にはない。
「夏休み、短期のバイト一緒にやろうぜ」
「部活動ばっかだけど、祭りの日は空いてる」
「ゲームし放題だ!」
廊下を歩いているだけで、弾んだ声が聞こえてくる。
沈んだ声よりはマシだ。
日々教室に閉じ込められて勉強させられている彼らは、自由を愛している。
だけど、その自由は、当たり前になると恐怖に変わる。
何かに縛られていたい欲が出てくる。
そういった人間にとって、夏休みは地獄だ。
千原優衣。
学校にきていない彼女は、同級生が自分と同じ環境にいるとなると、息がしにくくなる。
学校に行っている時も息がうまくできていないが、自分のテリトリーの周辺に学生が平日の昼間からウロウロしているという状況は、脅威だ。
迂闊にコンビニにも行けない。
自販機に行くのすらリスクがある。
大勢で騒いでいる声に耳を塞いでベッドに逃げ込む夜。
もちろん、その地獄から抜け出すには、本人の努力が最も大事なのだが、本人だけに努力させるのは酷な話だ。
そこで、夏休みの教師である。
自分がキーになるなど、思い上がってはいけない。たかが教師だ。弁える必要がある。
俺にできることなど、本当に少ないが、だからと言ってしない理由はない。
夏休みの教師は、研修などでそこそこ忙しいのだが、あんなクソの役に立たないもの、サボっても問題ない。
あの探偵さん達に今年もお願いしよう。
その余った時間で、俺にできることをやる。
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「なんか言うことある?」
放課後、たまには部活に顔を出すかとグラウンドでアップのジョギングをしている生徒達をボーっと見ていたら、佐藤が話しかけてきた。
「えーと、こないだオモチャ屋に行ったけどいなかったな」
ものすごい勢いでため息をつかれる。
いや、本当は分かっている。
昨日、佐藤の好意を踏みつけた件だろう。
でも、ここで学校外のコミュニケーションを認めてしまったら、不要な面倒ごとに巻き込まれる可能性大だ。
「なんか、二月先生がどんな感じの人か分かってきたよ」
「マジか。スゲーな」
我ながら、なんともムカつく相槌だ。
しかし、佐藤は不快な顔をすることなく、微かな笑みを浮かべ、こんなことを言う。
「私、優衣ちゃんと仲良かった」
「・・・」
「この学校でちゃんと話したことあるの、私くらいじゃないかな」
それは、知ってはいた。
去年、千原優衣と佐藤愛は、弁当を一緒に食べたり、体育で頻繁にペアを組んでいた。
佐藤に強力してもらえるのはデカい。
今まで、佐藤には佐藤気持ちがあるだろうと、事情を聞けずにいた。
「優衣ちゃんに久しぶりに会いたいなぁ」
しかし、こうして佐藤から協力を申し出てきたら、先ほど考えていたリスクよりデカいリターンがくる。
「頼む」
「やった。楽しみ」
佐藤は、いつもの無邪気な笑顔を見せて、自分の練習に戻っていく。
やっぱり、女子には敵わない。
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