第3話 やるなら巧くやれよ

7時に出勤。

本来の就労時間は、8時15分〜17時15分なんだけど、授業の準備のためにこの時間には学校に着いておく。


教師歴3年のひよっこの俺は、こうして準備しておかないと、グダグダになることが容易に想像できるので、この時間は無駄ではない。


7時50分。

職員室に人が増えてきたため、自販機へ向かう。

この時間になると、教師も生徒もぼちぼち登校するため、「仕事が始まるなぁ」と、少し鬱々な気分になる。


今のうちに栄養ドリンクを飲んでおこう。


「あ!二月先生、おはよー!」


先客がいた。

佐藤愛。

バドミントン部のエースで活発な生徒で、教師にもフランクに話しかけるタイプ。


「おはよう。朝練か?」

「うん!大会近いからね!」

スポーツドリンクを持っている佐藤に挨拶しながら、オレも栄養ドリンクを買う。


「二月先生、そんなの飲んでんの?」

「<そんなの>って、割と美味いんだぞ」

栄養ドリンクの味は悪くない。疲労予防のために我慢して飲んでいるわけではない。

「いや、味はどうでもいいよ。身体に悪いんじゃないの?」

まあ、良くはないだろうが。

「大丈夫大丈夫」

何の根拠のない「大丈夫」を使ってしまった。

「あのね。あんまりそういうの飲みすぎるの良くないらしいよ。お昼もカップ麺とか食べてるし。運動してる?」

怒られて、少しシュンとしてしまう。

せめて、ウォーキングをするように約束して別れる。

\



朝のホームルームは、真面目に聞いている生徒は皆無と言って良い。

授業中寝ているような生徒はもちろん、授業態度が良い生徒も、顔の力が抜けているのが分かる。

まあ、今日も重大発表なんか無いから、聞いていてもいなくてもかまわない。


力の入れどころを分かっているのは、むしろ褒められるべきだ。社会に出たら、上司のどうでもいい話を「聞いてないけど聞いている雰囲気」を出すことが割と大事だったりする。


しかし、堂々と寝られては、注意せざるを得ない。


「相馬、起きろ」

「・・・あ?」


涎を垂らしながら寝ていた相馬は、低い声で返す。

気の弱い生徒達が、身をすくめるのがわかった。


「ホームルーム中」

「あー。すんません」


やはり低い声だったが、一応謝罪をしてくれたため、これ以上ぐちぐち言わないようにする。


「寝るんだったら教師にバレないように寝ろよー」

クスクスと笑いが起きる。

ウケたのは嬉しいが、これは俺のただの本心だ。


寝ているのに気づいてしまったら、対応するしかない。

しかし、巧くやってくれれば、「気づかなかった」と言い訳できる。

仕事が減る。

相馬のようなタイプの生徒は、その辺を頑張ってほしい。

\



さて、相馬に話を聞かなくてはならないのだった。

ホームルームが終わり、相変わらず眠そうにしている相馬に声をかける。

「今日の昼休み、ちょっとだけ時間いいか?」

「えー。昼飯食う時間がなくなるんスけど」

「3分で終わる」

「・・・へーい」

\



生徒指導室。

嫌な名前の部屋だ。


そんな名前の部屋には、教師だって入りたくない。

生徒なら尚更だろう。

よって、屋上を指定した。


相馬がよくサボりに使っている場所だから、いらない反発も減らせるだろう。


「・・・ウス」

仏頂面で挨拶する相馬。

「おー」


3分と約束してしまったので、単刀直入に聞こう。

「他校の生徒と喧嘩したって本当か」

「してません」

ふむ。予想通り。


「そうか。まあ、そんな噂が立たないように巧くやれよ」

「だから、してねーって」


ハハハ。


もう、聞くことは聞いたし、職員室に戻るか。


「あの、もう終わりっすか?」

「うん」

珍獣を見るような目で見てくる。


「なんか、センセーって変わってんな」


そういって去っていった。

俺からしたら、君ら高校生の方が、よっぽど変わってるように思うけどなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る