第2話 今日できないことは明日やりましょう
学生時代、職員室に入るのが怖かった。
教師だけの空間というだけで入りたくないのに加え、説教された場所が職員室が多かったので、教師に日誌を提出するだけの用だったとしても、胃がキュッとする感覚があった。
しかし、今、その職員室が職場で落ち着く場所になっている。
今日の小テストの採点をする。
採点が嫌いな同僚は多いが、俺としては、好きな部類の仕事に入る。
現代国語とかの採点は、「この時の著者の気持ちを答えなさい」みたいな問題の答えは、◯✖️だけではなく、△の判断が難しいから、集中が必要だろうから疲れるから嫌いというのも分かる。
でも、俺は数学教師だ。
もちろん△もあるけど、国語ほど採点は難しくない。
数字を見づけるのは慣れているので、苦ではない。
それに、余計なことを考える必要がないのが良い。
「二月先生」
リズム良く採点していた俺に声をかけたのは、同期の生物担当の荒川先生。
「なんでしょう?」
生物や科学の教師は、白衣を自然に着ることができるのが羨ましい。
中学生の頃流行った『ガリレオ』の湯川みたいで格好いい。俺も白衣にポッケに手を入れてみたい。
「お忙しいところすみません。二月先生のクラスの相馬のことなんですが」
「・・・」
相馬和樹。
2年2組の、いわゆる「問題児」ってやつだ。
「相馬がどうかしましたか?」
「えっと、他校の生徒と喧嘩していたという目撃情報がありまして」
こういう話は以前からあった。しかし、あくまで「目撃情報」だ。本人がやってないと言えば、そちらを信じるしかない。
「分かりました。相馬に聞いてみます」
そう言いながら、本当にやっていた場合、教師に正直に話すわけない。俺だって話さない。
「お願いします」
申し訳なさそうに頭を下げながら荒川先生が職員室を出ていく。
とりあえず、採点を終わらせてから俺も職員室をあとにする。
現在時刻は3時50分。
相馬は帰宅部なので下校している可能性が高いが、あいつがたまに黄昏ている屋上を見てみることにした。
「二月先生、さよならー」
途中、女子生徒に挨拶された。
「うん。さよなら」
顔は知っているが名前が曖昧な彼女に返しながら、よく下の名前を呼ばれることに再確認した。
遊佐二月。
二月。そのまま「にがつ」と読む。
珍しいが、キラキラネームほど弄られない名前をつけた両親は、ネーミングセンスがあるのだろう。
1月から12月を声に出してみたら、2月が最も言いやすい。
5月と書いて皐月とかも良いと思うが、2月の方が親しみやすさがある。この名前のおかげで、初対面の人との話題には事欠かないし、生徒と打ち解けるのにも、この名前の効果がそれなりにあるのだろう。
でも、相馬は一度も読んでくれたことないんだよなぁ。
屋上に着く。
相馬はいなかった。
\
「・・・」
いないのなら仕方ない。
これ以上、相馬のために時間をかけるのは、ルールに反する。
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