8000円の教室

カビ

第1話 遊佐二月の10のルール

教師のやりがいとはなんだろう?


パッと思い浮かぶのは、卒業式に教え子から感謝の言葉を伝えられて、共に涙しながら別れを惜しんで送り出し、卒業してから数年して再開して酒を一緒に飲む。


みたいなのが良いのではないだろうか。

ドラマとか漫画でもそんな感じの最終回があったことを思い出す。

よし。それを目指そう。

\



初めて担任を任せてもらった。

ドラマみたいな経験ができるチャンスだ。

頑張るぞ!

\



それから1年間、それはもう頑張った。


授業のクオリティを上げることはもちろん、陸上部の顧問に就任して、LINEで、クラスの子達の悩み相談に深夜まで応じたり、文化祭や合唱祭などのイベントでは、アイスとかを差し入れしてみたり、生徒が万引きしたと報告しにきた時は、お店に一緒に謝罪しに行った。


我ながら、良い先生ができたと思う。


常に寝不足だったが、卒業式の感動を味わうためなら苦ではなかった。

\



いよいよ、卒業式当日。


絶対泣くと確信していたが、泣けなかった。


なんだったら、連日の寝不足により、寝そうになってしまった。正直に言ってしまうと、退屈だった。

あれ?

まあ、本番は最後のホームルームだ。

\



それこそドラマで、生徒一人一人に言葉を送るのが定番だが、あんまり長すぎると、生徒達がサプライズするモチベーションを下げてしまう。


故に、あえて「卒業おめでとう。元気で」だけで終わらせた。

ダラダラ自分に酔って喋るよりが格好いいと思ったのだ。


俺が教室を出ようとすると、学級委員の女子が、「二月先生!」と呼び止めた。

「私達、二月先生のために歌を用意しました。聞いてください!」


きたきた!

これは絶対泣くやつだ!

指揮の子とピアノの子が移動する。

彼らが歌い出す。

合唱祭で歌った曲だ。

よし。感動する要素は揃っている。

この曲は4分くらいで終わるから、1分半くらいで泣き出して、終わる頃には号泣するべきだろう。


2分経過。

ちょっと出遅れたな。早く泣かなくては。


3分経過。

そろそろ泣かないとマズイ。一部の女子は、歌いながら泣いているのに、オレは泣けない。


曲が終わる。


泣けなかった。

さらに言えば、何も感じなかった。

泣かなきゃと思えば思うほど、心が死んでいった。

生徒達も、「あれ?泣かないんだ」という雰囲気を出していた。

もう泣けなかった。

とにかく、お礼を長めに言って、生徒達と別れた。

\



家に帰って風呂に入っている時に、「そうか。俺は生徒に興味がなかったんだなぁ」と悟った。


ドラマや漫画の教師キャラクターの様に、教え子の人生に興味が持てないまま、良い教師のレールをただ走っていただけだったのだと自覚した。


となると、今までのやり方ではコスパが悪い。

ルールを作ろうと思った。

じゃないと、余計なことまでする羽目になる。

生徒はもちろんそうだけど、自分のためのルールを作ろう。


1.不要な残業はしない

2.給料分の仕事はする

3.優しさをはき違えない

4.ありがとうとごめんなさいを忘れない

5.趣味の時間を必ず作る

6.八つ当たりをしない

7.睡眠は、七時間とる

8.電車の中は、小説を読む

9.教師ドラマに影響されない

10.生徒は、「平等」に接する


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