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「いやぁ! 人混み!!」

「見てわかる情報をありがとう柑」

「碧ちゃん……! 運転、ありがとう」

 私が車を運転して一時間。私達は有名な水族館に来ていた。平日というのにこの混み具合。さすが。子供の数はそこまで多くないけど、カップル多いなぁ。

「カップル多いね」

 このように柑という子は全て口に出してしまうのです。そういう子なんです。許してあげてください。

 柑に引っ張られていくひまり。その頭の上に見える〈百七三時間三十六分〉。今日であと一週間。柑の気まぐれで水族館に行くことになった。チケットは予めひまりが買ってくれていて、スムーズに入場することができた。

「とりあえずシャチは見に行くでしょ! イルカも見たいし!」

「時間は調べてあるの?」

「今日のためにバッチリだよ!」

 本気になった柑は完璧な予定を立てる。そう、完璧なプランニング力。時々、私達の行動を予知してるんじゃないかって思うくらいの予定を立ててくるんだ。

「さすが柑!」

「そりゃ久しぶりの三人のお出かけだもん! 本気だし!」

 本当、この二人には勝てないなぁ。私は柑に引っ張られて中に入る。




「綺麗……」

 ひまりが目をキラキラさせて見つめる先にいたのはたくさんのクラゲ。水槽の中の水流に身を任せて、ふわふわと浮いている。このクラゲコーナーがいい具合に暗くなってて、クラゲが照明を反射させているから、とっても幻想的。こう、クラゲ自体はふわふわ浮いてるだけなんだけど、すっごく綺麗なんだよね。

「ひまり、クラゲ好き?」

「う、うん!」

 ちっちゃいクラゲ達を見てそう話した。可愛い。この前、目のハイライトを消しながらとんでもない提案をしてきた人と同一人物だとは思えない。あれがひまりの本気。覚悟。死を目の前にして豹変した彼女の本気の本気。あの日、結局丸め込まれちゃったけど、目が見えなくなる危険だってある。死ななくても、他にいっぱい危険があるのに。あぁ、私もこうやって何も考えないでふわふわと浮いていたい。

「そういえば、柑ちゃんは……?」

「え? あそこに……あれ?」

 さっきまでいたところに柑の姿はない。トイレにでも行ったのかな? でも、それなら一声かけるか。柑を探して辺りを回ってみるけどどこにもいない。大きな水槽の前、たくさんの魚がくるくると回っているその水槽の前。

「わ、私、トイレ見てくるね……!」

 ひまりがそう言ってトイレに行ってしまった。そのまま柑を探してもいいけど……ここでひまりとも離れるのはやばいよね。私は近くのベンチで待つことにした。

「十年も経てば、この数字だって当たり前になるけどさ。本当は異常なんだよね。他人の死ぬ時間も、自分の死ぬ時間もわかるなんて」

 隣に座ってきた女性は確かにそう言っていた。小声だったけど、なぜかしっかり聞こえた。

「君は目の前で舞美が死んだ時、どんな気持ちだった?」

 聞き耳を立てるつもりなんて全くなかった。周りもうるさいはずなのに、一席空けて座る女性の声がいやに耳へ入ってくる。

「私もそう。悲しかったよ。始めからそう決まっていた運命だとしてもね」

 誰かと話している。きっと隣に座っている男の人。彼氏かな?

「これはさ。私なりの解釈なんだけど、人間って生まれてから死ぬまで何をするか始めから決まってるんじゃないかなって思うんだ。今まで私たちがやってきたこともこれからやることも、生まれた時に神様が始めから決めていたこと」

 その言葉が私の頭にこびりつく。こびりついて離れてくれない。全部、こうなることが始めから神様に決められていたこと……。そう考えれば、時間が0になった時に死ぬって事象に辻褄が合う。神様はいつ死ぬか予知して数字を表示してるんじゃなくて、予めその人の人生を決めてから数字を表示させてる。だったら、私達の行動も決まっていないとおかしいよねってことだ。

 私が納得していると、隣の女性は彼氏さんの方を向いた。

「だから」

 そして、私の横でキスをした。 

「これも始めから決められていたこと」

 その場から逃げたかったけど、ひまりが来ないから動くに動けない。ううん、隣の女性の世界に飲み込まれてしまって動けないんだ。これが現実なのかそれとも夢なのか。ねぇ、ひまり、助けて。

「私たちがどれだけ自分で決断していると思っていても、私たちがどれだけ努力して成功しても、それは自分のおかげじゃなくて神様が決めたこと。どれだけ神頼みをしても、決められた運命からは逃れられない。決められたレールの上を私たちは歩くだけなの」

 女性の言葉を聞いて冷静になる。レールの上を歩くだけ。すごくわかりやすい例え。

「でもね、レール上でどうするかくらいは決められる。楽しんだもん勝ちなんだよ」




「あ、碧ちゃん。ごめんね。遅くなっちゃった」

 ひまりの声が聞こえて、足の感覚を取り戻した。あの人の話を聞いてからどこか遠い世界に行ってしまった気がしていた。

「碧ちゃん……? わっ!」

 思わずひまりに抱きつく。怖かった。妙に的を射た発言に怯えてしまった。

「私は、私は今、ここにいるよね」

「う、うん。私がしっかり抱きしめてるよ?」

「ちょっとだけ、そのまま、抱きしめてて」

「え……?」

 ひまりの体温を感じて、遠くに行ってしまった感覚を取り戻していく。自分がここにいると認識する。ズレていた認識を取り戻していく。忘れた呼吸を取り戻していく。背中にかいた汗を感じる。だんだんと日常が戻っていく。

「二人とも!」

 柑の声。柑の体温。

「柑……」

「碧、大丈夫? 汗すごいけど」

「大丈夫、大丈夫。ってか、どこに行ってたの!」

「え、あ、その、お水買いに行ってて……」

 柑の手には三本のペットボトルがあった。

「声かけてから行ってよー」

「あ、ごめん」

 クラゲのところから自販機まで近かったしすぐに戻ってこれると思って声をかけなかったんだと思う。

「まぁ、三人揃ったしよし。柑、次の予定は?」

「シャチ!」

 そう言って私たちを引っ張っていく。

 シャチのショーはとってもすごかった。でも、こんなにびしょびしょになるなんて聞いてないよ!!

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