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私は一人、暗い道を歩いている。等間隔に設置された街頭がかろうじて道を照らしている。左腕につけている時計を見ると時間は十七時五十五分。これなら集合場所に十八時ジャストで到着できる。こんな真っ暗な時間に女性二人。少しだけ危ないような気がするけど、呼び出した相手が相手だったから無視するわけにもいかなかった。十八時。待ち合わせの場所に着く。街の少し外れ、少し山を登った場所にある廃墟。ここにくる人はまずいないし、誰かに話を聞かれる心配はない。内緒話をするにはもってこいの場所。そして、呼び出した相手はこの廃墟の所有者だ。
「ひまり」
「あ、碧ちゃん」
こちらを向いて小さく手を振る。私の残り時間〈二三八時間二十四分〉。
ひまりの祖父はとある会社の社長だった。その息子、ひまりの父も例に漏れず優秀で会社を継いだ。この廃墟はひまりのおじいちゃんが持っていた倉庫だ。今は大きな倉庫ができたから使われていない。そこを私達が勝手に拝借してるってわけ。
昔からひまりは、真剣な話をここですることが多かった。ほぼ全部だと言ってもいいかも。今回も何か真剣な話があるからここに呼び出したんだ。柑が呼ばれていないことを考えると、ストーカー関連なのかも。
「私たち、あと少しで死んじゃうんだね」
ストーカー関連の話だと思っていたら、全く違う内容だった。今まで触れてこなかったその話題にひまりから触れてくるとは思わなかった。ひまりの前ではこの話をできる限りしないようにって柑と約束するくらいには。そのくらい、普段のひまりは弱いんだ。でも、決意を決めた彼女は違う。決意を決めたひまりは私達の数十倍は強い。
「そうだね」
「私達から柑ちゃんに、何か遺してあげられないかな」
遺す。そう言ったって私達は柑の親族じゃない。わざわざ遺言書を作って相続させるなんてこともできるけど現実的じゃない。やるなら生きているうちに渡せるものに限られる。
「なんだろう。やっぱりお金が一番いいんじゃないかな」
まぁ、学生のお金なんてたかが知れてる。税金で引っかかるほどの金額にはならない。ひまりの家はお金持ちとはいえ、ひまり自身の感覚は世間一般とそう変わらない。
「それじゃあ、私達がいたって痕跡がなくなっちゃうよ」
確かにそう。お金は使い切っちゃったら何も無くなっちゃう。でも、私達がいた痕跡を残すって言ったってどうするんだろう。指輪とかネックレスとかアクセサリーをプレゼントする? それとも置物?
「私から提案があるの」
ひまりの目からハイライトが消える。ひまりの口から出た言葉。私はその言葉が信じられなかった。でも、改めて聞き返そうとも思わなかった。思えなかった。だから、
「それ、実現可能なの?」
ただそれだけを確認した。
「うん。お父さんの友達がなんとかしてくれる。あとは、碧ちゃんの同意さえ取れれば」
それは誰も成し得なかった偉業。その第一号に柑がなるということ。もしそんなことが可能であれば、いつまでも三人一緒にいられる。でも、それは賭けだ。柑の体への負担を考えれば、すぐにオッケーは出せない。
「碧ちゃん」
ひまりの目が私を見つめる。
「私達は時間が0になったら死んじゃう。でも裏を返せば“時間が残っている限り死なない”んだよ? 柑ちゃんの時間はまだまだある。だからね」
ひまりが提案した賭けに失敗はない。柑は死なない。私はひまりの差し出した書類を手にとる。
「これで、いつまでも私達は一緒にいられるんだね」
ひまりのその言葉に少し恐怖を感じながら、サインをした。
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