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「碧ちゃん……! 起きて……!!」
ひまりが私のことを一生懸命に起こそうとしている声で目が覚めた。初めてのお酒は甘くてとっても美味しくてぽわぽわした。知らないうちにたくさん飲んじゃうくらい美味しかった。
「あ、ひまり……おはよ……」
頭痛はない。水もたくさん飲んだのが良かったっぽい。全部お父さんの受け売りだけど、それが役に立った。
同じくらい飲んだはずのひまりはケロッとしていて、一人だけ飲んでいなかったんじゃないかと思うくらいだった。お酒強いのかもしれない。そして、
「うぇぇっ……」
柑はとっても弱いみたいです。吐いてはいないけど頭を抱えて座れないっぽい。これは今日一日家から出られなさそう。柑が一番長生きするからお酒の場もたくさんあるだろうにこれじゃあ困っちゃうなぁ。
「柑ちゃん……大丈夫?」
「だめ、ダメ……だめぇ……」
首を横に振るのもやばいっぽい。
「ひまりぃ…膝枕ぁ……」
「へ!? う、うん」
「柑〜、おっさんじゃないんだからさぁ」
「いいじゃんかぁ」
「うひゃぁ!」
柑がひまりのお腹に鼻を擦り付けている。くすぐったかったのか甲高い声が上がった。それでもお構いなしにお腹に鼻を擦り付けている。きっと、柑はまだ酔ってる。私は這いつくばって柑の場所に行き、ひまりから引き剥がした。剥がした勢いで柑が私の上に乗っかる。
「あはははっ!」
「柑、重い」
「あ、女性に向かって重いって言うなんて、いけないんだ」
「女性同士ならいいでしょ?」
それも失礼だよ。そのまま寝息を立て始めた柑を退けて、私達は昨日の片付けを始める。
結局、何をする訳でもなく夜になってしまった。このままでは貴重な一日を捨ててしまうことになる。
「そういえばさ」
初めての二日酔いから完全に復活した柑が、昨日の残ったおつまみを食べながら話し始めた。
「ひまり、例のストーカーはどうなったの?」
「え……あ」
ひまりのストーカー被害。ひまりの少ない人生に恐怖を与える人間が現れたんだ。始めは手紙だった。まぁ、それもやばい手紙だったんだけど。便箋十枚びっしりに書かれたひまりへの想いは気持ち悪かった。ひまりはそれを無視した。が、来る日も来る日も手紙は止まらず。やばさを増していく。次第にカミソリの刃や精液の入ったコンドームまで届くようになり……。警察に相談した日に、不法侵入で現行犯逮捕となった。犯人はひまりの高校時代の同級生だった。
「か、解決したよ?」
ひまりはそう言う。解決。物はいいようだよね。示談が成立して罰金を払って終了。金持ちの息子は碌でもないやつしかいないってよくお父さんが言っていたっけ。彼の時間が短いこともあって、懲役刑にはならなかった。当然、接触の禁止は言い渡されているし、私達も基本的にはひまりと一緒にいるから、彼が近づいてくることはまずない。でも、彼も死までの時間が私達と一緒くらいだったことを考えると、死に際に何をしてくるかわかったもんじゃない。
「お、良かったじゃん!」
柑はこのことを知らない。ストーカー被害にあっているから一緒にいてほしいとしか、話さなかったから。それは私とひまりが一緒になって決めたこと。だから、こうしていつもの調子で話している。
「み、柑ちゃんと碧ちゃんのおかげだよ」
「ひまりぃ!」
「きゃっ!!」
最後は決まってこうなる。
「いちゃついてるなら先にお風呂入ろうかな」
「一緒に入ろうよ!」
「そう言って前回お風呂壊したじゃん!」
「そうだっけ?」
一人用のお風呂に三人で入って壊したなんてことがあった。うん。あの時はめっちゃ怒られた。大家さんにくっそ怒られた。
柑に許可を取って湯船にお湯をためる。その間に体を洗ってしまおうと思い、髪の毛を濡らす。鏡に写る自分の残り時間〈三二九時間四十四分十三秒〉。この数字、鏡には写るくせに動画とかだと消えてるんだから不思議だよね。カメラ越してその人を見ると確かに数字は映っているのに、撮影した写真や動画を再生するときには綺麗さっぱり消えてるとかいうよくわからない仕組みになってる。十年前に私達の頭の上に突然現れたこの数字。絶望する人もいれば、安心した人もいるって聞いたからびっくりだよね。私達は八歳とか九歳だったから、出てきた当初は深く考えなかったけど、年齢が上がるにつれて、この数字が小さくなっていくのにつれて、考えることが多くなっちゃって。十年経った今じゃ、生きるためのステータスの一つになっていた。
「いいよなぁ、長生きできる人って」
私の人生は短い。だから、高校だって大学だって入学するのに苦労した。バイトの面接だって一苦労だ。遊ぶにはお金が必要なんですって言葉でゴリ押したけど。ひまりだってあれだけルックス良くて可愛いんだから、時間さえ長ければ芸能界に入れていたかもしれない。そう思う。昔も昔で色々な要因で若者の道が閉ざされていたんだろうけど、今の時代はこの時間が、私達の道を悉く潰していくんだ。
「碧ー?」
扉の外から柑の声が聞こえた。
「ん? どうしたの〜?」
「あ、のぼせてなかった。良かった」
「え? そんな長風呂してた!?」
「うーん、長風呂って言えば長風呂かな?」
「ごめん、すぐ出る!」
「え、ちょっと待って! あたしがいるんだよ!?」
何を今更恥ずかしがってるんだろ。そんなのお構いなしに決まってるじゃん。
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