第二章

1

たま!」

「うわっ!」

 私の名前は碧。もうすぐ死んじゃう十九歳。なんでもうすぐ死んじゃうってわかるのかって? 十年前、世界中の人の頭の上に、死ぬまでの数字が現れたから。計算したら二十歳の誕生日に私は死ぬみたい。

 そして、今私に飛びついてきて抱きしめてくれているのはみかん

「柑〜、待ってよぉ」

 その後ろからゆっくり歩いてくるひまり。二人とも私の同級生。昔からずっと仲が良くて、いつも一緒にいた。高校も三人で同じ場所に行った。大学は違う場所だけど、それでも家が近いおかげで会わない日なんてなかった。

「今日は暇?」

 柑は私に抱きついたまま、今日の予定を聞いてくる。

「うん。暇だよ?」

「じゃあ、あたしの家に集合ね!」

 柑はいつも小学生が放課後に遊ぶ約束をするノリで誘ってくる。それが楽しくてしょうがない。

「ひまりは?」

「う、うん! 大丈夫!」

 少し引っ込み思案なひまり。私達と話すときもそこまで大きな声で話さないけれど、私達以外と話すときは本当に声が小さい。基本的に自分の意見を言わないタイプで、心を開いた私達とか家族とかにしか意見を言わない。それもそれでどうかと思うんだけど、でもいざという時には頼りになる子。

「今日は何するの?」

「一回くらい三人でお酒飲みたいなって」

「え……! だ、ダメだよ。私達、未成年だし……」

 ひまりは必死になって柑を止めてる。本来だったら私もひまりと一緒にダメって言わなくちゃいけないんだけど、すぐに言えない理由があった。それは、ひまりが二十歳になる前に亡くなってしまうから。それに加えて私も二十歳の誕生日に死んでしまう。違法行為(正確に言えば、私達の周りの人の違法行為になるんだけど……)に手を染めないと、三人で呑むなんて機会はない。

「ダメって言ったって、ひまりも碧も時間ないじゃん」

「それはそうだけど……」

 私とひまりの残り時間〈三六〇時間〉。ちなみにひまりの方が五分早い。この五分の差は、よくわからない。

「あと、十五日だよ? あっという間に死んじゃうんだから、最後くらい楽しんだ方がいいでしょ!」

「私達は無罪になっても柑は捕まるかも……」

 十年も経つと警察も時間が少ない人の軽犯罪(本当に軽いやつだけ)は見逃すようになっているらしい。だから、お酒を買うのに成人って嘘つくのは見逃してもらえる。お店側はわからないけどね。でも、柑は私達の何十倍の時間がある。もし、私達が未成年だってバレた時に大変なことになるのは柑なの。

「そ、そうだよ……。私達のせいで柑ちゃんが捕まったりなんかしたら……」

 私がそう言ったのを皮切りに、ひまりも柑を止め始めた。確かにお酒は飲んでみたかったけど、絶対飲みたいって言うほどじゃなかったし、柑に悪い影響が現れるならそれは避けたい。ひまりも私の考えには同意してくれてる。

「わかったよ……」

 しょんぼりして家に歩き出す柑。こんな感じで元気いっぱいで行き過ぎた柑を私とひまりで止めるのがいつもの光景だった。そんな光景もあと〈三五九時間四十分〉で終わっちゃうけど。




「えへへ〜」

 夜。用事があって少し柑の家に行くのが遅れちゃって、部屋のドアと開けたらすでに酔っ払ってる柑がいた。

「……ひまり?」

「あ、あぅ……」

 止めたんだけど……って顔で私を見つめるひまり。ひまり一人じゃ止められないことの方が多いからなんとなくわかってはいたけどね。

「ほらほら〜、ひまりも呑め呑め〜」

 誰がどう見たっておじさん。面倒臭いおじさんの絡み方って言うのは、まだ未成年で飲み会とかをしたことがない私でもわかる。ほんと、将来が不安で仕方がない。

「ちょっと柑。飲み過ぎだって」

 始めての飲酒でどのくらいが適正量なのかわからないけれど、よくコマーシャルをやっている梅酒の瓶(七〇〇mlくらいのやつ)の三分の一が無くなっていた。

「もしかして、これそのまま飲んでた?」

 柑に抱きしめられているひまりに聞くと、首をものすごい速さで縦に振った。確かお母さんはこれをソーダとかと一緒に飲んでたはず。連休の時は氷を入れて少しずつ飲んでた。そんなお酒をそのまま飲んだらどうなるかくらいすぐにわかる。

「……気持ち悪い」

 うん。こうなるよね。




「柑ー、落ち着いた?」

「ごめん……」

 数分の格闘の後、トイレから出てきた柑。少し懲りたみたいで、さっきほどの元気はなかった。ちなみにひまりはすごいテキパキと片付けをしてくれている。なんかこう、お酒で失敗している人を見ると飲めなくてもいいのかななんて思う。私はよろけてる柑に肩を貸して部屋まで連れて行く。

「あ、柑ちゃん! 大丈夫?」

「ひなたもごめんね……」

「ううん……! 柑ちゃんが無事ならいいよ!」

「ひなたぁ」

 泣きながらひなたに抱きつく柑。私も二人に抱きつく。

「碧ぁ」

 柑が抱きしめ返してくる。二人ともすごく暖かかった。

 ふと机に目を向けると、さっきまで柑が飲んでいた梅酒が目に入った。

「柑、梅酒、美味しかった?」

「え? 甘くて美味しかったよ??」

「もう一回飲み直そっか」

「え、碧ちゃん?」

「ひまりも飲む? きちんとした飲み方すればさっきの柑みたいにはならないよ」

 キラキラと目を光らせながらこっちを見てる。私は大量の氷を入れたグラスを持っていく。そこに少量の梅酒を入れる。あとは氷が溶けるまでゆっくり待つ。待ち時間は三人でこれからのことでも話そうかな。らしくないけどね。ふと、ひまりの頭の上の数字に目がいく。残り〈三四八時間三十三分四十四秒〉。こう、楽しい時でも死を実感しちゃうこの世界はあまり好きじゃない。

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