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「んー! ご飯おいしかったね!!」

 夕食を終え、敷かれた布団の上で大の字になる咲香。太るぞと言おうと思ったがもう死ぬ彼女にそんな無礼なことを言う必要はない。言って喧嘩になる方がよっぽど面倒くさい。まぁ彼女なら何かしら言い返してきそうであるし、さほど気にしないとも思う。体型だってきっと標準的だと思う。出るところは出てるし引き締まっているべき部分はきちんと引き締まっている。

「ん?」

 見すぎていたのだろうか。それともたまたまか。俺の視線に気づかれたっぽい。

「なに? 今になって私の体に見惚れちゃった?」

「そんなわけないだろ」

 俺以外の男だったら、彼女はすぐに襲われていただろう。俺が彼女に手を出さないのは恋愛感情を伴わない付き合いだから。俺にとって彼女は死を見るだけの道具。

「君が手を出してくれるの、ずっと待ってるんだけどなぁ」

「出さないぞ」

「あと、〈四十五時間五十分〉しかないのになぁー」

「それとこれとは関係ないだろ」

 俺は外に目を向ける。本当に綺麗な星空が広がっており、その景色は息を忘れるくらいだった、この星空の下で彼女が死ぬ。さて、どう死んでくれるのか。笑顔で死ぬのか。泣いて喚くのか。助けを乞うのか。まだ笑ってはいけない。笑うのは彼女が亡くなってからだ。

 星空を眺めていたら、二十分ほど時間が経っていた。早く風呂に入らなければ。露天なので当然寒いのだが、夜遅くになればさらに寒くなる。その前に入らなければ。咲香が何をしているのか見ると、寝転がってスマートフォンをいじっていた。

「先に風呂入るわ」

「オッケー」

 同棲約一ヶ月でこのやりとりの仕方なのだから、もしかしたら咲香とは相性が良かったのかもしれない。もし、こんな関係ではなく、こんな目的ではなく、普通に付き合うことができたのならば、いいカップルになっていたのかもしれない。俺はこのくらいの距離感の方が好きだし。付き合っているからと言ってこうベタベタするのは好きじゃないのだ。そう考えると舞美はいいやつだったなと改めて思う。今の咲香よりは繋がっていることに重きを置いていたが、それでも束縛はしてこなかった。俺の浮気がバレなかったことを考えると、舞美はそのくらいなのだ。たらればの話になるが、舞美が普通の寿命であったら悪い男に捕まっていただろう。

 脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂へ繋がる扉を開ける。風が全身を刺す。すぐにシャワーを浴びて体を洗ってから風呂に入る。さっきも星空を見ていたが、外で見るともっとすごかった。この満点の星々の下で死ぬことができるならどんなに幸福か。そんなことを考えていても、俺にはまだまだ時間が残されている。ざっと今の彼女の三十倍近くだ。同い年の人間でこんなにも差が生まれるのは酷い話であるが、咲香の言葉を借りるなら『始めからそう決まっていた運命』なのだ。

「隣、いいかな」

 突然聞こえた声。その方向へ振り向くと咲香がいた。

「あぁ」

 咲香は俺の隣に座る。よく冷静に返事ができたなと思う。同棲中に咲香が風呂に入ってくることなんてなかったから。入ってきたところで狭くて二人一緒に入れないけれど、いたずら好きの彼女ならやってきそうなものである。

「舞美から何も聞いてないの?」

 咲香が空を見ながらそう言った。

「何をだ?」

「ううん。ならいいや」

 何かを隠しているような、それとも諦めたような感じ。

「舞美がどうかしたのか?」

「いや、何もないよ」

 これ以上聞いても無理だと言うのは彼女の言い方でわかった。死ぬまでには答え合わせさせるが今は一旦引こう。

「そうか」

 俺はもう一度、天を見上げた。




「また会えたね」

 目を開けると舞美の顔。また舞美に膝枕をされている。パチパチという音が聞こえてくることを考えると近くに暖炉があるのだろう。約一ヶ月前にもこれと同じ夢を見ていたこともあって、今回は夢だとはっきりとわかる。

「そんな顔しないで」

 前回のことを聞こうと思っても声は出ない。体はだるくて動かせない。

「そろそろ咲香ちゃんがこっちにくるんだね」

 舞美は俺の頭を撫でて寂しい顔をしていた。

「私と別れてないのに、咲香ちゃんと付き合うなんて酷いよ」

 ちょっと拗ねた、怒った口調ではあったが、本気で怒っているようには見えない。初めからそうなるとわかっていたのかもしれない。

「でも、咲香ちゃんならいいかな。可愛いし。本当は咲香ちゃんの方が好みでしょ」

 ようやく動き始めた体。首を振って否定する。舞美の方が恋愛に近い気持ちで暮らせていた。咲香はなんか友達の域から抜け出せない気がする。二人とも気兼ねなくいられるという点では一緒だ。

「そう言ってくれて嬉しい」

 温かい舞美の笑顔。咲香が太陽なら舞美は月と表現するのが、俺の解釈として合っている。決して冷えた夜の雰囲気を纏っているわけではないが、笑顔はまさしく月のように静かでどこか温かい笑顔なのだ。俺はそんな笑顔が好きだった。

「私も君のことが好きだったよ」

 夢の中ならなんでもありなのだろう。考えていることを読まれている。

「好きだったから、最後まで君に伝えられなかったんだ」

 露天風呂で咲香が言っていたことの話だとすぐにわかった。『舞美から何も聞いていないのか』と。

「事実として私が受け止めきれなかった。だから咲香ちゃんに迷惑をかけることになっちゃった」

「俺に、何を伝え……」

 言い切る前に世界が反転する。また、まただ。一ヶ月前と同じ。俺が舞美の上に馬乗りになっている。

「ごめんね」

 舞美がそういうと、世界から光が消えた。




「あ、起きた?」

 世界に再び光が戻ってきた時、目の前には咲香の顔があった。これは咲香の膝だろう。咲香に膝枕をされている。

「いくら星が綺麗だからって、のぼせるまで見なくてもいいんじゃないかな」

「悪い」

「本当、私より早く死なれたら困るよ」

 笑えないジョークを言う。いつまでも咲香の膝の上で横になっていられない。まだ少しだけガンガンとする頭をなんとか持ち上げて咲香の真正面に座る。

「ちょっと! 無理しちゃダメだよ!!」

「なぁ、教えてくれ」

「え?」

「舞美は俺に何を伝えようとしたんだ?」

「それは……」

「俺に何を伝え損ねて死んだんだ?」

 咲香は深呼吸をしたあと、真剣な表情で話し始めた。

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