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告白を受けてから十三日後。恋仲になったが結局いつもと変わらず。なぜ告白なんてしたのか理由が知りたいくらいだった。
「よし、準備完了」
咲香は大きな荷物をまとめて俺の車に積み込む。今から旅行に出かけるのだ。咲香の命が尽きるまで。彼女の残り時間が二桁になった二日前。
「私、星空の下で死にたい」
そう、僕に話した。彼女がどう死にたいのか話したのは、この日が初めてだった。これまで自分の死に興味がない様子だったから僕は内心焦っていた。そんな彼女がそう話してくれたのだ。あぁ、いよいよだ。僕が待ち侘びたその瞬間がくる。
「ほらいくよ!」
僕の背中を叩く。彼女の頭の上に浮かぶ〈五十八時間七分四十七秒〉。日にちにして二日とちょっと。興奮が隠せない。心臓がバクバクとうるさい。何度も何度もこの状況を体験しているのに慣れない。
「なーに私より緊張してるの!」
「仕方がないだろ」
「一回経験してるんだから」
洒落にならない冗談を言われたところで僕はアクセルを踏んだ。
「ここが……私の最後になる場所……」
とある山奥。有名な宿屋。観光地から離れていること、値段が高いことから訪れる人はそう多くない。近くには宿屋の私有地があり、そこから満天の星々を見ることができるという。ここに着くまでにかなり時間がかかっている。自分の時間がない中で何を思ったのか、咲香は俺の体調を気にして休憩を挟みながら移動したからだった。現時刻は十五時二十七分。咲香の残り時間は〈五十一時間三分二十秒〉。
「いらっしゃいませ」
車を停めると駐車場まで宿の人が迎えにきてくれた。高いところはここまで来てくれるのか。宿の人は咲香の時間を見たあと、俺の顔を見た。表情こそ変えていなかったが、何を言いたいのかはわかる。受付に進み、咲香が手続きを進めてくれている間、俺は乾いた口を潤すためにお茶を一口飲んだ。
「宿泊料、君の分だけでいいって」
戻ってきて話したのはそれだった。三泊四日で予約していたはずだ。咲香のことだ。二泊三日分の宿泊料くらい払うと言うはずだが。
「払うって言わなかったのか?」
「言ったよ? 頑なに受け取ってくれなかったけど。せめてご飯代はって伝えたけど、それもいらないって」
咲香の顔が曇っている。時間が少ないことで哀れみの目や慈悲などを受けたくないと話していたから当然ではある。
「客室にお金置いて死のうかな」
「迷惑だからやめとけ」
荷物を客室に運ぶ。部屋は大きな和室で清潔に保たれている。できるだけ他の人と会いたくないとの希望で料理は客室まで運んでくれるし、客室に露天風呂が付いている。多分、この先これ以上いい宿に泊まることはないだろう。
ある程度荷物を片付けたあと、畳の上に大の字になる咲香。俺はその様子を椅子に座って眺めていた。ボーッと時間だけが過ぎていく。
「ねぇ、舞美との話を聞かせてよ」
「突然どうした」
「いや、君から聞いたことないなと思って」
確かに話したことはない。正確に言うなら話す必要がなかった。機会もなかったからその二つが重なったせいである。舞美と同棲していて当然嫌な部分や合わない部分は当然あった。が、それを他人に話そうとは思わなかった。なぜなら、それは俺たちの問題なのだから。
「舞美はどこまで話したんだ?」
「惚気話ばっかりだったよ?」
そう聞いて少し安心する。ここで文句ばっかり言われていたら多少なりとも傷つくものだ。いくら俺にとって最期を見るためだけの女だとしても、関係は最後までよくありたかったし、その後に咲香が控えていたからあまり波を立てたくなかった。舞美の前で全部を偽っていたわけではないが、気を使っていたのは事実である。それが裏目に出ていなくて本当に良かったと思う。
舞美から話を聞いているなら、これ以上話す必要はないのではないかと思い、咲香に質問した。
「舞美から散々聞いているなら別にいいんじゃないか?」
「こういうのは両方の視点から聞くのが楽しんじゃん」
咲香らしい返答。満面の笑顔を浮かべ、こちらを見つめている彼女。そんな表情を見せられて断れる人がいるだろうか。仕方がない。夕食の時間までは暇だ。それまでの暇つぶしだと思って少しくらい話すとしよう。覚えている範囲だけではあるが。
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