3

 カーテンの隙間から差し込んでくる太陽の光で目が覚めた。気がつけば俺もアルコールに負けて眠っていたようだ。

「起きろ」

「うぅ〜」

 俺が起こすと咲香は頭を抱えながら起き上がる。あれだけ呑んだのに普通に起き上がれるのはもはや才能だ。咲香のためにゆっくり飲んでいた俺は片付けを終えたあと、冷蔵庫の中にあったウコン系のドリンクを飲み大量の水を飲んでやっと若干の頭痛で済んでいる。

「シャワー借りてもいいか?」

「勝手にどうぞー」

 話かけるついでに咲香の頭の上に表示されている時間をちらっと見る。〈七〇六時間二十分三十四秒〉。着実に消えていく時間。が、咲香に焦りは見られない。今だって腹を出しながら背伸びをして欠伸までしている。

 勝手にドラム式洗濯機から昨日の服を取り出しておき、シャワーを浴びる。先ほどより幾分楽になった。体感だが。多分シャワーが終わったら部屋の片付けを頼まれるのであろう。それが終わったら一体なにをするのだろうか。一応、荷物は俺の家に運ばれる。まぁ、咲香は家でじっとしているタイプではないので、どこかしら連れて行かれるのは何となく予想がつく。問題はどこに行くかだ。場所によってはそこで彼女の最期を見ることになる。最高の最期を見るために演出できる場所であれば良いが、彼女の実家とかそういった場所だとどうにも俺の気持ちが冷めるのだ。血縁者とか俺より親愛度が高い人物がいると安心して怯えた表情とかが無くなるし、その環境では俺が蚊帳の外に追いやられることが多くなる。俺が見たいのは……。

 俺はシャワーを冷水にして無駄に使った頭を冷やす。今はとりあえず目先の目標を達成しなくては。バスタオルで体を拭き、洗ったばかりの服を着る。部屋に戻ると咲香は再び横になっていた。

「おい、起きろ。掃除が終わる前に死ぬぞ」

「えぇ、それは困るな」

「なんだ、起きてはいたのか」

 ゆっくりと起き上がり、俺が飲んでいた水を飲み始める。舞美は間接キスでも恥ずかしがっていたが咲香は恥じらいがない。信用があってのことなのか俺のことを男だと見ていないのかよくわからないけれど、舞美が恥ずかしがっていたレベルでは全く恥ずかしがらないのだ。

「それ、俺のだけど」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

「いや、減ってる」

「キスの回数は増えるじゃん」

 と、このような感じである。何度か居酒屋に連行されている身であるためもう慣れてはいるのだが、もう少し恥じらえば可愛いのになんて思う。舞美の方が初々しくて可愛かった。

「よし、掃除するか! さっさと荷物まとめちゃおう!」

 咲香はペットボトルをゴミ箱に投げた。




 俺が思っていたより掃除はあっけなく終わった。元々荷物が少なかったせいなのか、もう死ぬからほとんど捨てたからか。家具の一部は売りに行く予定だ。

「車、持ってたよね? 貸してくれない??」

 そう言いながら俺の手から車のキーを掻っ攫って俺の家に行ってしまった。別に遠くはないから問題ないとは思うが、車なら言ってくれれば取りに行ったのに。俺は売りに行くと言っていた家具を玄関に寄せておく。時間が限られているのだ。さっさと終わらせておいた方がいい。咲香が時間に対してどのくらい焦りを感じているのかはわからないが。もしかしたら彼女より俺の方が焦っている可能性もある。残り時間までに彼女との親愛度をさらに上げておかないといけないのだから。

「よし! 車持ってきた!!」

 俺の車に荷物を積んでいく。かなりの量あるし二回に分けないと厳しいかもしれない。が、咲香はお構いなしに荷物を積んでいく。

「まさか一回で運ぶ気か?」

「二回も行くの面倒くさいじゃん。一回で行けるでしょ」

「運転するのは……」

「君でしょ?」

 まぁ、そんな気はしていた。俺は運転席に乗り込みエンジンをかける。荷物の載せ過ぎで全く加速しないし、曲がりにくい車をどうにか動かす。

「さすが、運転上手い」

「いや、だいぶきついぞ」

 鼻歌を歌いながら助手席に座る彼女。舞美の時は確か緊張して小さくなっていたはず。

 目的地に着くまで会話はなかった。寝ているのかと思って咲香のことを見ると、こちらを見てニコニコと笑っていた。

「やっと、こっち向いてくれた」

 どうやら咲香に試されていたようだ。

「何も話さないから心配してくれたんでしょ?」

「うるさいお前が話さなくなったら、誰だって心配するだろ」

「やーい、照れ隠し」

 照れ隠しなんかではない。信号が青になったから前を向いただけ。このまま話していても彼女を調子に乗せることしかできないので話すのをやめた。

 そんなやりとりをしているうちに目的地についた。俺は家具を運び出して店員さんに査定してもらう。かなりの量だ。査定が終わるまで時間がかかるだろう。その間、車の中で眠ることにした。昨日あれだけ呑んで片付けをしたんだ。普通に眠い。あれだけ動ける咲香が体力化け物なだけだ。目を瞑るとすぐに眠気が訪れる。俺は抵抗せずに受け入れることにした。




「おはよ」

 目の前に舞美の顔。優しい笑顔。後頭部の感触は多分、舞美の膝。桜が散り、彼女の頭の上に乗る。俺は寝ぼけたまま彼女の頭を撫でつつ、花びらをとる。

「ここにいるとね、桜が私に髪飾りをプレゼントしてくれるんだよ?」

 桜の木を触りながらありがとうと呟く彼女。こういうところが可愛いんだ。

「どう? 可愛いかな」

 可愛いと声を出そうとしてもだるさで出せなかった。だから、首を縦に振る。彼女はどんな髪飾りをつけていても可愛いのだ。

「君だけだよ? 私のこと美人って言ってくれるの」

 実際に美人なのだから仕方がない。俺はただ本当のことを言っているだけだ。もう一度、目を閉じる。そういえば、どうして俺はここに舞美といるのだろうか。ここまでの経緯が思い出せない。

「どうしたの? 頭でも痛い??」

 舞美が心配してくれる。いいや違う。そんなことを考えている場合じゃない。思い出さないと。ここまでの経緯を。

「そんなこと思い出さなくていいんだよ?」

「……どうして?」

 やっとのことで声が出る。

「何も考えないで心地よさに身を任せた方がいいよ。考えるのは大変だから」

「でも」

「そうだよね。これから咲香ちゃんの死に顔を見なきゃいけないんだもんね」

 舞美の顔が暗くなる。どうしてそのことを知っているんだ。いや、根本からおかしいことに今、気がついた。

「どうして、死んだはずのお前がここにいる?」

 俺がそう話すと視点がひっくり返った。舞美は地面に寝転がっており、俺はその上に馬乗りの状態で。

「君に感想を聞きたくて。私の死に際はどうだった?」




 目を開ければ車の中。勢いよく飛び起きる。荒い呼吸。咲香が隣で俺のことを見つめていた。

「そんなに勢いよく起き上がってどうしたのさ」

 深呼吸をして荒くなっている呼吸を整える。

「ずいぶんうなされてたけどどうしたの?」

「いや……」

 咲香に言えるわけがなかった。舞美に問い詰められていたことなんて。しかも、内容が内容だ。こんなことを言ったら計画が全てお釈迦だ。

 冷静になってくると頬がじんわりと痛みを感じ始める。

「お前、殴って起こしたのか?」

「いやだって、うなされ方が尋常じゃなかったから」

 普段だったらもう少し怒ったり突っ込んだりできたが疲労感でそんなことをできる余裕なんてなかった。これ以上この話を広げられても困るので、俺は別の話題に切り替える。

「いくらくらいになったんだ?」

「なんかね。結構な額いったの。君と一緒に旅行行けるくらいには!!」

 俺と一緒に旅行に行くつもりだったのか。どこに行くのかはわからないが結構な額になったと言っているから少しグレードが高いところにでも行くのではないかと予想する。問題はそれが咲香の最期で行くのか否か。最期で行くならば俺のプランを練り直さなくてはならない。

「よし! あとは帰ってあの家から荷物を全部君の家に運んでおしまい!! 運転手! よろしく!!」

 俺の家もそう大きくないから一緒に暮らすのは若干無理があるのではないかと思うが否定できず。俺の家と咲香の家を行ったり来たり。気がつけば俺たちは一日を片付けに費やしていた。

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