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「舞美とは一緒に暮らしてたんだっけ?」
彼女、舞美の死を見届けた帰り道。咲香はそう聞いてきた。舞美とは半同棲くらいだった。彼女が実家暮らしだったから。でも、大学から近いと言う理由で俺の家にいることが多かったと思う。あまり覚えてしていないのは、最高の最期を見るための準備に過ぎなかったからだ。
「そうだね」
「じゃあ、私が住んでも問題ないってことか」
「は?」
「私も一人暮らししてるんだけど出ていこうと思って。死んだ後に手続きは面倒だしさ。この際に荷物だって断捨離したいし。別に構わないでしょ?」
「あ、あぁ、構わないけど」
「じゃあ決まり。私の家行くよ。残り時間目一杯、私の我儘に振り回されてもらうんだから」
咲香が俺の手を引っ張っていく。ここまで事が上手く進むとは。いや、うまく進み過ぎていて少し恐怖を感じる。俺がそんなことを考えているとは知らずに咲香は私を引っ張っていく。彼女の家はここからそう遠くなかったはず。何度か彼女を家まで送っていったことがある。まだ舞美と付き合う前に咲香と何度か飲みにいったことがある。それこそ咲香が前の彼氏と付き合っていた時だ。他の三人に愚痴を言えばいいものを俺に零すのだ。そうしてエスカレートしていった彼女は決まって酔い潰れて俺が家まで運んでいた。咲香も咲香で俺を居酒屋に誘う時は彼氏が絶対に家に来ない日を選んでいた。絶対に俺と彼氏が鉢合わせることがないようにしていた。
「こうしてシラフの状態で家に入れるのは初めてだね」
「毎回酔い潰れてたからな」
「あの時はありがとね」
舞美と付き合ってからはめっきり減って来なくなっていた部屋は、昔と変わらなかった。少し家具の配置が変わったか。汚くもなく普通。これと言っておかしなところはない。
「さて、片付けるか!」
「もう夜だけど……」
咲香は気合を入れているが時刻は二十三時を過ぎている。物音で近所迷惑になるのだけは避けておきたい。
「うーん、じゃあ明日やるか。今日は泊まっていって。ベッドは一個しかないけど私と君なら入るっしょ」
泊まっていく前提で話が進んでいるが、泊まる予定なんて全くなかったため着替えが一切ない。咲香が男物の洋服を持っているとも思えない。ちなみに元彼の洋服は全て叫びながら燃やしていた。
「洋服は今日洗濯出せば朝には乾いてるだろうし、下着はコンビニで買えば良くね? あ、お金は私が出すよ」
「悪いから一回帰るよ」
「いいのいいの、金はあの世に持っていけないんだから。最後くらいパーっと使わせてよ」
咲香はそう言いながらサンダルを履いていた。
「俺も行く」
「あ、そう?」
なんかこう、あっけらかんとしている彼女を一人にするのは怖かった。
コンビニに着くと咲香は真っ直ぐにお酒コーナーへ向かった。
「今日は飲まないぞ」
「いいじゃん。献杯だよ。献杯」
コンビニには下着を買いに来たはずなのに気がつけば、カゴの中は酒とおつまみだらけ。
「酔い潰れても介抱しないぞ」
「自分の家だし、潰れても問題ないっしょ?」
「はぁ……明日掃除するのは難しそうだな」
酒の量的に俺も飲むことになるだろう。さて、今日は何の愚痴を聞かされることになるのか。大量の酒が入ったビニール袋を持ちながらそんなことを考えていた。
「なんか実感湧かないよねー、数時間前に舞美が0になって死んでるのにさ」
すっかり酔いが回っている咲香であったが、俺が予想していたより愚痴は少なかった。まぁ、俺と舞美の思い出話を酒の肴にしているのだから、愚痴を聞かされるよりたちが悪いが。
「どうしてこうカウントダウンとして頭の上に表示してるんかね。神様にしては性格が悪い」
そう言いながらグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干す。前触れもなく突然頭の上に現れた死へのカウントダウン。0になったら必ず死ぬ。殺人、交通事故、心臓発作、窒息と挙げればキリがないが何かしらの原因で0になれば死ぬ。咲香の言う通り、神様の仕業にしてはかなり性格が悪い。
「もしかしたら、死神の仕業かもな」
「なにそれ、面白いじゃん」
そんな彼女の頭の上にもあと〈七十八時間四十分二十三秒〉のカウントダウンが表示されている。もちろん俺の頭の上にもだけど。突然、咲香は俺に顔を近づけてきた。
「時間確認したでしょ」
目の前でそういった。俺は首を縦に振る。
「なに? 0になるのが楽しみなの?」
心の内を覗かれたようだった。それに首を縦に振るわけにもいかない。そんなことをしたら彼女が意識してしまって、自然な死を見ることができなくなる。
「心配なんだよ」
「あははっ! そんなこと言われたら私が舞美に怒られちゃうから勘弁してよー。私だってあと少しであっちにいかなくちゃいけないんだからさぁ」
正直、死んだ舞美のことなんてどうでも良かった。これまでの彼女たちのことだってあまり覚えていない。死んだらただの物。俺はカウントダウンが0になる直前の彼女たちが好きなんだから。
「舞美は幸せだったと思うよ? 君みたいな人が彼氏でさ」
「……酔いすぎだぞ?」
「いやぁ、本音よ本音。私だって君みたいな彼氏欲しかったもん」
「数時間前に彼女が死んだ彼氏にする話じゃないな」
「そうだねぇ」
ケラケラと笑いながら缶ビールを飲み始める。酔っていながらもまだ理性が働いていて良かったと心底思った。もし、もっと酔っ払っていたら咲香に告白するところだった。それこそさっき自分で言った言葉『数時間前に彼女が死んだ彼氏がする話』ではない。
「本当、君はお酒に強いんだね」
「お前と飲んでる時はペース落としてるだけだ」
「そこまではっきり言うことないんじゃない?」
「……こうしてはっきり言えるのはお前だけだよ」
「あははっ! いよいよ舞美にグーパンされるわ!!」
ベッドに倒れて大声で笑う咲香。笑い声の後に寝息が聞こえ始める。俺は軽くため息をつき、咲香の言う【献杯】のあと片付けを始めるのだった。
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