第一章
1
十年前、突如として頭の上に現れた数字は日本を、世界を混乱させた。しかし、それが死のカウントダウンであることだとわかるまでに、そう時間はかからなかった。当然、人間は数字が現れた理由とそのカウントダウンを止める方法を模索し始めた。が、その答えは未だ出ず。数字は規則正しく進み続け、0と同時に人間を殺していった。
カウントダウンが表示されてから犯罪は増える一方であった。所謂『無敵の人』とでも言えばいいのか。どうせもうすぐ死ぬのならと考える人がなんと多いことか。特に女性の性被害が圧倒的に増えた。最期にくらい一回ヤっておきたいというのが男の
カウントダウンが表示されてから俺の周りで初めて死んだのは、祖父母や両親ではなく大好きだった幼馴染であった。あれは12歳のころ。彼女は俺に死にたくないと繰り返し、繰り返し叫びながら死んでいった。
「やだ! 死にたくない! 助けて!!」
そう言われても俺には何もできなかった。叫び続けていたせいで彼女の声が枯れていた。それでも数字は止まることを知らない。残り十秒。幼馴染は喉のところを押さえて倒れる。俺に『助けて、助けて』と、か細い声で懇願する。頭の上にある数字が0になった瞬間、かひゅと空気の抜ける音が幼馴染の口から聞こえ、死んだ。悲しかった。辛かった。悔しかった。様々な感情が渦巻く中で、一番は
興奮だった。
死への恐怖で怯える声に、生きたいと懇願し涙でぐちゃぐちゃになったあの顔に、確定している死に対峙している女性に、俺は興奮していた。もう一度、あの声を、あの顔を、幼馴染と同じ状況の女性を、見たいと心から願っていた。それから10年。俺は死が近い女性を狙って付き合ってきた。そして彼女たちの最期を見届けた。
「やっぱり私、死にたくない。怖い。助けて、助けてよ」
今日もまた一人の命が俺の目の前で消えた。
「この生活も十年経ったけどまだ慣れないね」
俺と一緒に彼女の最期を見届けたのは彼女の親友、
「君はいいよね。そんなにたくさん時間があって」
0と表示されている彼女の前で俺に文句を言った。咲香がそう言いたくなる気持ちもわかる。もし逆の立場なら俺だってそう言ったはずだ。咲香の頭の上に表示されている数字は〈七二〇時間四分二十秒〉。日にちに換算すると約一ヶ月。一ヶ月で目の前にいる咲香も死ぬのだ。
「
一ヶ月で死ぬと決まっている割にはかなり軽い言葉だった。
「怖くないのか?」
俺は尋ねる。
「なんか怖くないんだよね」
彼女はそう答えた。
これまでも『怖くない』と答えた女性はいた。だが、死に際には必ず『まだ死にたくない』と言いながら死んでいった。咲香も例に漏れずそういうのだろう。そして、怯えながら涙を流して……。想像するだけでゾクゾクする。まぁ、遅かれ早かれあと一ヶ月の辛抱だ。あと一ヶ月経てば結果が出る。
さて、咲香とどうやって関係を持とうか。このまま亡くなった親友の友達として過ごすのも十分だが、もっと深い関係になった方が最期に心の奥底が見えてきやすい。が、彼女が目の前で死んだ矢先、いきなり付き合ってくださいと言うのは不謹慎すぎる。女遊びをする男と思われても困るし、どうしたものか。
「ねぇ、君の〈七二〇時間〉を私にくれない?」
「それって」
「私の残り時間全部を君にあげる」
突然の申し出に戸惑ってしまった。
「なんでまた」
「だって、今から人間関係構築するのは面倒だし。時間が少ないからって哀れみの目で見られるの嫌いなんだよね」
確かに咲香との付き合いは長い。今でこそ咲香しかいないが、元々は女性四人グループだった。全員、死ぬ時間が近いから集まったそうだ。俺からしたら四回も女性の死ぬ顔が見られるという絶好のチャンスを逃すはずなかった。だから、三番目に遅い舞美と付き合った。一番最後の咲香と付き合わなかったのは、彼女と接点があまりにも少なかったから。さっき亡くなった舞美は俺と大学の専攻も一緒で同じ授業を受けることが何回かあった。同じグループで課題をすることもあった。言い方は悪いが『狙いやすかった』のである。
最後に亡くなった彼女からこのグループ最初の死者が出るまで三年九ヶ月かかった。とても長い年月ではあったが、半年の間に四回も死に立ち会うために関係は維持し続けた。当然、彼女たちの知らないところで他の女性と関係を持ち、最期に立ち会ってはいるのだが。そう考えると咲香と出会ってからもう三年と十一ヶ月。俺を含めた五人で出かけることもあった。舞美へのプレゼントを買いに咲香と二人きりで出かけることもあった。
「君との付き合いも長いし、あなたにとっても悪い話じゃないでしょ?」
願ったり叶ったり、だ。
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