第60話 エピローグ


「カーット! ……みんな、悪いけどこっちに来てくれ」


 僕がカメラを提げて声をかけると、杏沙と共演者――舞彩たちだ――が不思議そうな表情で僕の元にやってきた。


「どう?名カントク、ベストテイクは撮れた?」


 舞彩の冷やかしに僕は応じず、「もうワンテイク撮りたいから、悪いけどポジションについてくれないか」と注文を出した。


「えーっ、今のよかったじゃん。スリーテイク以内で終わらせるって約束だったのに、嘘つき。横暴」


「上を見ろよ。このシチュエーションを逃す手はないだろ」


 僕が空を見上げて言うと、舞彩は「あ……雪だ」と手のひらを上に向けて言った。


「よーし、一発で決めよう。みんなスタンバイして」


 僕が号令をかけると、杏沙と舞彩たちはそれぞれのポジションに戻った。


「いいかい、七森が舞彩たちの方を見ても、舞彩たちは気づかないでそのまま歩いて。さっきみたいにちらっと見ないように。……それじゃあよーい、アクション!」


 コートを着たヒロインが遊歩道を歩いていると、反対側から来た中学生カップルとすれ違う。ヒロインはカップルを見て一瞬「どこかで見た?」という表情をするが、そのまますれ違う――ただそれだけのカットだった。


 僕はレンズに雪が付くのも構わず、無我夢中でカメラを回した。いいぞ、最高の雰囲気だ。やっぱりフレームの中の杏沙はどんな季節にも似合う。


「カーット! ……撮影終了!」


 僕がカメラを下ろすと、三人がほっとした表情で僕の元に戻ってきた。


「あー、疲れた。カントク、当然このあとは打ち上げだよね?」


 舞彩の問いかけに僕は「うん、まあな。僕がいつも行ってる喫茶店でいいだろ?」と言った。


「あ、新ちゃんがいつもマスターに怒られてる店だね。ピザかワッフルくらいは奢ってくれるんだよね?」


「えーと、まあ、お前のギャラにしちゃちょっと高いけどな。……んっ?おい待てよ!」


 僕はお疲れ様も言わずどこかに去って行こうとする杏沙に気づくと、慌てて声をかけた。これから万を辞して打ち上げに誘おうと思っていたのに!


 僕が再度「七森もさあ、たまには……」と呼びかけると突然、杏沙が足を止めて振り返った。


「のんびりしてたらカメラが雪まみれになるわよ。打ち上げに行くんでしょ?」


「えっ?」


 僕は杏沙に駆け寄ると「参加してくれるのかい?」と尋ねた。


「だって、アイスティーを奢ってもらわなくちゃならないでしょ」


 杏沙は当たり前のように言うと、再び歩き始めた。僕は今しかないと思い、駆け足で杏沙に追いつくとさりげなく隣に並んだ。するといつもなら逃げるように先を行く杏沙が、なぜか、なぜか今回は逃げずにそのまま歩き続けた。


「逃げないのかい?僕に追ってこられるの、いやなんだろ?」


「逃げないわ。……だって侵略されに行くわけじゃないもの」


 僕はあまりにも「杏沙らしすぎる」答えに、思わず噴き出しそうになった。


 ――もう追いかけるだけの僕じゃない。これからは同じ速さで君の隣を歩くんだ。


 僕と杏沙は雪のちらつく十一月の街を、当たり前のように肩を並べて歩き続けた。


               〈FIN〉

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