第59話 僕らは生まれ変わった世界でもう一度出会う
「……長旅で疲れたのはわかるけど、ちょっと寝過ぎじゃない?」
ふいに上から声が降ってきて、僕は仰向けのまま目を開けた。
「……七森?」
呆れたような表情で僕を見下ろしている杏沙を見た瞬間、僕は即座に状況を理解した。
――七森だ。「十一月の」七森だ!
僕は身体を起こすと、ふらつきながら公園の芝生の上に立ちあがった。
「戻ってきたんだ!『不確定時空』を消して!」
「そうみたいね。でも危なかったわ。二人とも消えかかってたから」
杏沙はようやく余裕のある表情になると、あたりを見回した。
確かにここは五月じゃない。街路樹は黄色くなって散り、頬を撫でる風は五月の物よりほんの少しだけ冷たかった。
「二つの世界が一つになったってことは、あの『バックスペーサー』のいた五月は消えてしまったってことなのかな」
「私たちのいる世界に取り込まれて「修正」されたんだと思うわ。だから「幽霊」の私たちが関わった人たちの記憶も修正されて、たぶん出会わなかったことになる」
「うーん、なんだか少し寂しい話だな」
「七月にあらためて出会えばいいのよ。もともとそれが本来の流れなんだし」
知り合いが聞いたら頭がどうかしたと思われかねない会話を僕らがしていると、近くで近くで犬の吠える声が聞こえた。
「あ……」
僕が反射的に目を向けると、ちょうど僕らのすぐ傍を犬を連れた老婦人――朝子さんが通り過ぎようとするのが見えた。朝子さんは僕らの近くでふと足を止めると「なんだか変な気分ね」という顔をして首を傾げた。すると足元の「ボンちゃん」が「わん!」と僕らに向かってひと声吠えた。
――もしかしたらボンちゃんの記憶だけは修正されずに残っているのかもしれない。……なにしろ、お前が世界を救ったんだもんな。
僕らが「なんだか見たことあるみたい」という表情を浮かべたまま去ってゆく朝子さんを見送ると、別の方向から「新ちゃん!」という声が聞こえた。
「舞彩……」
「あっ、やっぱり杏沙さんと新ちゃんだ。やるじゃない」
僕らの前に現れたのは、舞彩と明人だった。
「いや、あのさ……」
つき「先ほど」乗り越えてきたドラマの出演者と遭遇した僕は、地続きのような再会に奇妙な感動を覚えた。
「……それじゃあ真咲君、またね」
僕が舞彩に状況をどう説明しようか難儀していると、杏沙が唐突に別れを告げた。
「おい待てよ、七森」
その場でくるりと身を翻した杏沙は、僕の引き留めなど聞こえないかのようにすたすたと歩き始めた。
「あはは、新ちゃん何したのよ。どうせなんか無神経なこと言ったんでしょ。映画に出ろとか」
「それのどこが無神経なんだよ」
「ま、そうやって何度もフラれてるうちに、きっと杏沙さんも新ちゃんの不器用さに慣れてくれるよ」
「お前、いい加減にしろよ。明人君が呆れてるぜ」
僕が釘を指すと、明人は「あ、全然そんなことないです」と首を振った。
「明人君、そのうち家に来なよ。古いSF映画のポスターをあげるよ」
「本当ですか?」
「ちょっと新ちゃん、私が誘う前に誘わないでよ。あー、明人君がOKしてくれるところ、いいシーンになるはずだったのにな」
「お前にラブストーリーは十年早いよ」
僕は舞彩が振り回したバッグをかわすと、「じゃあ明人君、いつでも来てくれよ」と言った。
いつでも――そう、僕にはやっと取り戻した「今」がある。誰かの身体を借りなくても堂々と映画を撮ったり杏沙を追いかけたりできる、「本物」の十一月が。
僕は公園を出ると、まだバス停にいるかもしれない杏沙の後を追い始めた。
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