第58話 僕は世界が消えてもオファーを諦めない


 幽霊に戻った僕らは次第に薄くなってゆく互いの姿に不安を覚えつつ、最初に『不確定時空』が発生した公園へと向かった。


「最初に「あれ」が現れたのは……」


 僕らは見覚えのある風景を求め、公園のあちこちをゆらゆらとさまよった。自分ではすぐに見当がつくと思っていたが、似た風景の多い場所では意外に手こずるものだ。


「わっ……あれ、何かしら」


 女性の叫ぶ声に僕らははっとして動きを止め、幽霊の顔を声のした方に向けた。


「何だろう」


「行ってみましょう」


 僕らが遊具と立ち木を突き抜けて辿りついた場所は、太い幹の周囲で目が痛くなるような輝きを放っている光の渦だった。


「……いたっ、『不確定時空』だ!」


 僕は『渦想チップ』を取り出すと、生きている人間のように握りしめた。


 ――もう少し近づかないと、ど真ん中に投げ込めない……


 僕がチップを投げ込むタイミングをうかがっていると光の渦は木の幹を離れ、遊具の傍で呆然と立ち尽くしている年配夫婦の方に移動を始めた。


「これは……生き物でもないし、一体なんだ?」


僕は夫婦を驚かせないよう慎重に足を運ぶと、『渦想チップ』を渦の中心に投げ込んだ。すると次の瞬間、光の色が目まぐるしく変化し、逆回りになった渦が滅茶苦茶な動きをし始めた。


「まずい、離れていよう」


 チップさえ投げ込めばすぐ八十万博士の言う『確定状態』になって消える物とばかり思っていた僕は、予想外の展開に思わず後ずさった。


「どうして消えないのかしら」


 逆向きの渦はジグザグに動きながら公園の入り口に向かって進み始めた。


「……やばいぞ、このままじゃ公園にやってきた人と衝突してしまう」


 僕と杏沙がやむを得ず光の渦を追い始めた、その直後だった。一組の親子が公園の入り口から中に入って来るのが見えた。親子は――未知男さんのお姉さんと、息子の行生君だった。


「――だめっ!」


「待て七森!」


 突然、渦に向かって飛びだした杏沙を、僕は全力で追った。


 あの中に入ったらどうなるか想像もつかない。ひょっとしたら消えてしまうかもしれないのだ。


 僕は杏沙に向かって必死で手を伸ばしたが、一度目も二度目も、僕の手は杏沙の腕をすり抜け虚しく宙を切った。


 ――だめだ、やっぱり幽霊の手じゃ……えっ?


  僕が無駄な努力と思いつつもう一度伸ばした手は、驚いたことに杏沙の手首を掴んでいた。


「――はなしてっ」


「はなすもんかっ、また僕から逃げるつもりなのか?」


「真咲君、私、消えるのは怖くない。いつか必ず別の姿で戻るから……行かせて」


「絶対に行かせない。もしどうしてもってんなら、僕も一緒に行く。僕らは消えるまでずっとコンビだ」


「わかって真咲君、私はあなたを……」


 杏沙が僕の「幽霊の手」を振りほどこうともがいた、その時だった。


「時空の渦が……こっちに来る」


 でたらめに動いていた『不確定時空』がいったん動きを止めたかと思うと、ゆっくりと僕らの方へ迫って来るのが見えた。


 僕はとっさに前に出ると、杏沙をかばうように迫りくる渦に背中を向けた。だが、光の渦は僕らが逃げるのを許さないかのように一瞬で近づくと、視界を極彩色の渦ですっぽりと包みこんだ。


 ――五瀬さん、四家さん、七森博士……せっかく未来から追いかけてきたのに、七森を連れて帰れなくてすみません……


 ――兄貴、舞彩、父さん母さん、今家にいるのは身体だけで中身のない「僕」かな。それとも五月の僕の未来の姿かな……


 ――七森、結局、最後まで頼りにならない相棒でごめん。もう一本、君を主演にショートムービーを取りたかったけど、もうオファーをすることもできない……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る