第2話 白雪

 その一


 東北の冬は寒い。とくに奥羽山脈は雪も多く、真っ白な世界が現れる。


 年が開けて、二度目の大雪が降りやむのを待っていたかのように、深い雪を掻き分けてその知らせは届いた。


「本当なのですか!!」


 頭領の妻である。お香が思わず大きな声を上げた。

 先のお勤めで頭領である朱太郎と二人の小頭。その他六人の里の手練れが全滅したというのだ。


 至急に残った小頭二人と主だった者が集められた。

 あまりの悲惨な出来事に誰も言葉が出ない。死んだ者の家族もその死を受け入れられないままだ。


「あの強かった。朱太郎様や里の手練れ達がにわかに信じられぬ」


 長老の言葉に


「本当です。朱太郎様を始め、里の者達の御遺体を確認致しまして、今は忍び宿に運んで有ります」


 報せを持って来た草である万次が答える。


「これから、どうすれば良いのだ」


「庭番目付様にもご報告をせねば」


「柱となる主だった者を随分とやられてしまった。これを立て直すのは至難の業ぞ」


「まだ、そんな話しをする時では無いでしょう」


 遺族の者が声を荒げる。


「まあ、とりあえずはご遺体を供養せねばなるまいて」


 皆が喧喧囂囂と話し合いを続ける中、突然襖が開いた。

 そこには寝巻き姿で杖で体を支え、髪を振り乱した若い女が立っていた。


「兄様が死んだとは本当かえ!」


「おれん!!」


 若い女の叫びに皆がそちらを向いた。


「大風邪を引いたというが、もう身体は大丈夫なのか」


「一時は死の境をさまよったとか」


 皆の言葉にお蓮は続ける。


「姉様。兄様が死んだのは本当なのですか」


 お香は目を伏せたまま


「本当です」


 その言葉を聞いてお蓮は


「兄様!!」


 と大声で叫んで、ぱたっとその場に倒れた。

 叫んだ後、お蓮は女衆に連れられ屋敷内にある自分の部屋へと運ばれた。


 その事もあってか、その後は皆、落ち着き、とりあえずは死んだ者の弔いを済ませる事で話しは済んだ。



 その二


 三日程経って、お香は弔いを済ませる為に小頭や供を連れて出向いた富島の忍び宿から戻って来た。


 そして反対の方向にある稲沢藩の庭番目付の屋敷に今回の報せに出向いた者の報告を受けた。


 報せを聞いた加納主馬は大層驚き、お香達の居る西山の里への協力を約束した。

 そして、慰霊金と米、酒を使者に渡した。


 雪中の旅路の疲れを癒すため湯浴みをしたお香は、久しぶりに会った一歳になる朱太郎の忘れ形見の小太郎を抱き、部屋でくつろいでいた。


 傍らには火葬して骨になった朱太郎の骨壺が置いてある。


「姉様」


 障子戸の向こうにお蓮がやって来た。


「お入り」


 障子戸を開けて、忍び姿のお蓮が入ってきた。

 お香は部屋に入り正座したお蓮に抱いていた小太郎を渡した。


「ほら、もう一歳になるのですよ」


 お連は驚きながらも小太郎を受け取り、愛おしそうに見つめる


「小太郎」


「目元が朱太郎様にそっくりだろう」


「ほんに、里の希望だて」


 お蓮は頷きながら、そっと小太郎を返した。

 受け取りながら


「改まって、何の用かえ」


 お香がお蓮を見つめる。

 お蓮はうつ向いたまま、答えづらそうにしている。


「朱太郎様の仇を取るつもりか!」


 それを聞いて、顔を伏せていたお蓮はきっとお香を見つめた。


「そんな、指図は出ておらぬぞ」


「はい、里もそれどころでは無いと知っております」


「ならば、何故」


「私は幼い頃から兄様と二人で生きてきて、兄様から忍びの業や生き方を教わりました」


 お蓮は幼い頃に二親を無くして、それからは兄である朱太郎に育てられた。


「知っています。あなたにとっては唯一の大事な肉親だと、けれど、私にとっても大事な夫。小太郎の父親でもあり、里にとっても大事な頭領です」


 娘一人しか居なかった前の頭領の後を継ぐ為に里で一番の忍びと云われた朱太郎がこの家に婿養子に入った。


「私はこの里を抜けて、一人で兄や仲間の敵を取ろうと思っています」


 お香は険しい顔になり


「相手は公儀の伊賀者。あなた一人で勝てるとでも」


 お蓮はうつむき


「勝てるとは思いません。だが、殺られた者達の為に一矢報いたいのです」


 お香は目を閉じ


「悔しいのは皆、同じ。あなたと同じく考えている者も居るでしょう。しかし、今は里を立て直すのが大事。無駄に命を捨てるよりも里の為にも立て直しに力を貸してもらえぬか」


 お香の言葉にお蓮は土下座をして


「すみませぬ、姉様。もう決めたのです」


 思わず力が入ったのだろう。抱かれていた小太郎が泣き出した。

 お香はそっと小太郎を畳の上に置き


「朱太郎様もあなたが生きる事を望んでいると思います」


 言葉を聞いて、お蓮は土下座したまま、頭をずっと上げなかったが、暫くして


「姉様。許して下され」


 奥底の言葉を吐き出した。

 暫くの静寂の後


「分かりました。お蓮は一度言い出したら聞かぬと、だから、忍びとして優れていると朱太郎様が言っていました」


 意を決したお香の言葉に


「姉様」


 お蓮が顔を上げた。


「しかし、里の者に示しがつかぬので勝手に抜け出した事にするぞ」


「はい、姉様。ありがとうございます」


 お香はお蓮の前に朱太郎の骨壺を差し出し


「朱太郎様の骨だ。ちゃんと別れの挨拶をしておくれ」


「兄様!」


 お蓮は骨壺を抱きしめるとわんわんと泣き出した。



 その三


 まだ暗いうちにお蓮は里を出た。雪深い山道をざっ、ざっ、ざっと、音をたてながら雪の上を駆けて行く


 駆けながら世の中は不思議な物だとお蓮は思った。


 早くに二親をお勤めと流行り病で亡くし、朱太郎が親代わりとなって育ててくれた。朱太郎は優秀な忍びで忍びの業も朱太郎から教わった。


 厳しかったが朱太郎は面倒見の良い男なのでお蓮は楽しかった。そして、朱太郎が大好きだった。


 お務めが上手くいくといつもお蓮の大好きな餅を突いてくれた。

 人一倍修行に励んだ朱太郎がお香に見初められ、頭領となって小太郎も生まれた。


 里でも今まで見た事も無いと言われた最強の忍びだった朱太郎がまさか、お務めで死ぬとは思わなかった。


「所詮、これが忍びの運命さだめか」


 お蓮はお香との別れ際に絹の巾着袋を渡された。


「これは」


 お蓮の問いに


「我が加藤の家に伝わる秘術の入った袋です。これを姉としてあなたに渡します」


「こんな大事な物を」


「朱太郎からの餞別だと思いなさい」


 お香の言葉を思いだし、お蓮は胸元に入れた巾着袋をぎゅっと抱きしめた。



 その四


 富島の町に着いてお蓮達の忍び宿の薬草問屋、山屋に向かった。


 富島でも比較的大きなお店でもある山屋の前に着いてお蓮は驚いた。

 山屋が無くなっている。正しくは焼失しているのだ。


「これは!」


 驚くお蓮の前では人足達による片付けが始まっている。

(小頭である弥治郎夫婦は?番頭の万次はどうしたのだ。店の中には七人もの人が居た筈)

 お蓮は身を潜めて、物陰から店の様子を伺う

(少し前に兄様達を弔う為に姉様達が訪れたばかりだろうに)


「お蓮様」


 ふいに声を掛けられてお蓮が振り向くと、そこには山屋で手代をしていた橋蔵が立って居た。

 すかさずに二人は人目に付かぬ場所へと移動する。


「皆はどうしたのだ」


 待ちきれずにお蓮が話し掛ける。橋蔵はうつ向いて


「皆、死にました」


「公儀の忍びに殺られたのか」


「はい、昨日の夜半に大勢で襲って来まして、逃げる間も無く」


「お主は?」


「応戦したのですが、肩を斬られて、堪らず近くにあった隠し部屋に身を隠しました」


 言いながら橋蔵は肩を押さえた。


「気を失ったのですが、煙で目を醒ましまして」


「それで、逃げたのか」


「はい、隠し部屋を出ると、辺りは火の海になって居まして、皆の事は気になりましたがすみませぬ」


 がっくりと肩を落とした橋蔵にお蓮は斬られていない方の肩を掴み


「お主だけでも助かって良かった」


「逃げる時に何人か倒れているのを見ました。連れ出せもせずに本当にすみませぬ」


「もう良い、余り自分を責めるな」


 橋蔵は孤児みなしごだった所を拾われ、里で数年過ごした後は山家で小僧として働き、今は手代になっている。


 歳も二十二となるお蓮の二つ下の二十だ。



 その五


 とりあえず二人は行商人の兄弟と云う事にして、近くに宿を取った。


「何だと!」


 橋蔵の言葉にお蓮は驚いた。

 寒いので晩酌をしながら夕食を取っている時だった。

 お蓮が驚き声を上げた。


 朱太郎達が殺られた原因となった敵の隠れ宿を見つけて、店の主人である弥治郎に報せたのは橋蔵だったのだ。


「お前が見つけたのか!」


「はい、それで弥治郎様に伝えたのですが、私は襲撃に連れて行っては貰えずに代わりに百太様が襲撃に加わりました」


 百太は弥治郎の息子で、忍びとしては余りぱっとしない。百太に手柄を立たせかったのだろう。百太以外は里の精鋭達だ。


「そうか」


 本来ならお蓮もその襲撃に加わる筈だったのだが、例の風邪のせいで襲撃には加われず、その事にも後悔していた。

(どうせなら兄様と他の者達と共に死にたかった)


「宿の場所は知っているのだな」


「はい、おそらく今は引き払っていると存じますが」


 次の日、忍び宿であった所に行って見る事にした。

 (何でも良い、何かしらの手がかりが欲しい)


 次の日、橋蔵に連れられて公儀の忍びの隠れ宿だと云うお茶問屋に行ってたなを見てお蓮は驚いた。


 人が居て普通に店はやっている。

 普通ならば大仕事をした後は忍び宿は変わる筈。二人は身を隠して様子を伺う


「どう云う事だ。これは」


 お蓮の問いに橋蔵は戸惑いながら


「見た所。わたしがここを見つけた時と同じ状況です」


 橋蔵は目を凝らし


「人も同じです」


 忍びは観察し覚える事が仕事なので、人や建物、間取りなどすぐに覚える。

 しかも、橋蔵は優しい顔立ちをしたやさ男だが忍びとしては優秀で朱太郎にも気に入られていた。


「宿も変えずにそのまま過ごしていると?」

(我らの忍び宿も燃やして安心したと云うのか!)


「だとしたら、随分と舐められたものだ」


 お蓮は内側から怒りが込み上げてきた。


「ゆるさぬ!必ず一矢報いてやる」


「お蓮様」


 お蓮の形相に橋蔵が驚いて声を掛ける。


 暫く様子を見た後、二人は泊まっている、宿へと戻った。


 公儀の忍びは忍び宿も変えずにそのまま過ごしている。中には十数人の者が居るそうだ。


 お蓮は闇夜の夜に宿に押し込む事を決めた。

 決死の押し込みなので一人で押し込むと決めた。

 橋蔵は外で見守り、お蓮がしくじったら里に帰る事になった。


「わたしも一緒に押し込みます」


 橋蔵は懇願したが


「無駄死にする事はない。里は今、人手不足でな。里の力になって欲しい」


「それでは、お蓮様は死ぬおつもりですか」


「いや、まったく、勝機がない訳ではない。私は夜目も効くし、それに姉様に貰った秘術もある」


「秘術ですか?どのような?」


「まあ、それは言えぬがな」


 お蓮の強い希望で橋蔵は外で見守る事となった。



 その六


 六日たった闇夜の夜にお蓮は押し込みを決行した。


 店の屋根上に居た見張りを難なく倒すと店の中庭に忍び込んだ。

 そこに居た二人の敵を倒した所で周りを敵に囲まれた。


「稲沢の者か?」


 敵の頭と思われる者の問いに


「貴様らに倒された朱太郎が妹、お蓮。仲間の仇を打ちにきた」


 公儀の伊賀者の頭である霧ノ助は周りを見渡してお蓮が一人であると確認すると


「はははっ」


 と高笑いをして


「たった一人で我らに勝つつもりか」


 お蓮は十数人の忍びに囲まれている。


「元より生きて帰るつもりは無い」


 お蓮は胸元から筒を取り出した。それは鉄でできた筒で筒の真ん中には蝋燭の炎のような物が見えた。


「何なのだ。あれは」


 誰も見た事の無い。皆が奇妙なその物を見つめると、その筒は突然。大きな音と共に強烈な光りを放った。


 そのまばゆ過ぎる光りに周りに居た忍び達は目を押さえて光りを奪われた。


「おうっ」


「ぎゃっ」


「ぐぇっ」


「きー」


 と漆黒の暗闇の中で次々と忍び達が斬られて行く、霧ノ助は驚愕して刀を抜いた。その瞬間だった。


 どっと云う音と共に暗闇の中ではぼ心臓に一突きで刀が刺さった。


「なっ、」


「皆の仇。伊賀者の頭の首、取ったぞ」


 ほぼ即死の霧ノ助にお蓮が大声で叫んだ。


「つぎっ」


 お蓮が次の標的に向かおうとした時だった。


「なにっ」


 脇腹に激しい痛みを覚えた。

 脇腹には小刀が刺さりそれを小柄な忍びが押している。


「夜目に強いのは己だけだと思ったか」


 言いながら初老と思われる忍びはぐいぐいと小刀を押している。


「馬鹿が、始めから頭を狙い。殺った後にすぐに逃げれば良かったものを」


「我が方は九人殺られた。だから九人殺る。貴様で九人目だ」


 お蓮は足蹴にして忍びを離すとすかさずその首を斬った。


 暗闇で忍び達の右往左往の騒ぎの中をお蓮は抜け出して、塀までたどり着いた所で力尽き意識を失った。


「これまでか」



 その七


 夢を見ていた。

 父母がお勤めと流行り病で相次いで死んでしまった時だ。


 まだ幼く悲しみにくれ泣き止まないお蓮の前に朱太郎が立ち、右手を差し出して


「これからはおらが親代わりだ。辛い事も多いだろうが二人でがんばって生きて行こう」


 その手を握り返して朱太郎の力強い顔を見たお蓮は不思議と安心をした。

 そしてこれからは兄様と生きて行こうと心に決めた。


 それから時は流れて今、やっとまた兄様に会えるだと

 お蓮は喜びに満ちていた。


「お蓮様」


 その喜びを絶ち切るように声が聞こえる。


「うっ、ううっ」


 うなされるようにはっと。してお蓮は目覚めた。

 目の前には見知らぬ天井が見える。

 そしてそこにひょっこりと男の顔が覗いてきた。


「兄様」


 朱太郎の顔を期待したが良く見ると橋蔵の顔だった。


「橋蔵、つぅ」


 脇腹に痛みも走った。

 (助かったのか)


「お蓮様。良かった。目が覚めましたね」


「私は生きているのか?」


「ええ、塀の所に倒れているお蓮様を見つけて連れて参りました」


「ここは」


「知り合いの商家の納屋です」


「そうか」


 お蓮は起き上がろうとしたが脇腹がまだ痛くて起き上がれない

 その様子を見た橋蔵が


「まだ。傷が直っておりませぬ、無理をなさらずに」


 お蓮は起き上がるのを諦めた。


「よく逃げられたな」


「はい、敵は混乱してましたので塀のすぐ側に居たお蓮様を背負い逃げ出しました。熱を出して三日の間寝ていたのですよ」


「そうか、橋蔵ありがとう。借りを作ってしまったな」


 お蓮がにっこりと微笑むと


「いや、助ける事ができてほっと致しました」


 頭に手をやり橋蔵が照れた。


 その笑顔を見たお蓮は死に損ねてしまったが生きている橋蔵の姿が見れて良かったと思った。



 その八


 それから暫く療養したお蓮はすっかりと良くなり。


 とにかく殺されてしまった山屋の者を弔いたいと、山屋の焼け跡で遺品をいくつか見つけて町外れの崖の上にある丘の上に石を重ねた墓を作った。


「里に弔った方が良いのではありませんか?」


 橋蔵の問いに


「勿論、里にも弔うが、この事を忘れぬように町を見渡せるこの場所にも弔いたいのだ」


「そうですか」


 墓を作り終えた二人は町を見下ろした。


「これから、どう致します」


「敵の頭も倒し、合わせて九人を殺ったが、山屋に居た者の仇を討っていないな」


「しかし、今度は奴らも宿を変えました」


「そうだな。一度、里に戻ろう。里の事も心配だ」


「そうですね。お蓮様は一度ゆっくりと静養された方が良い」


「一緒に里に戻ろう」


「はい」



 その九


 それから数日が経って、二人は里に帰る前に又、丘の上の墓を訪ねた。

 二人で墓に手を合わせる。長い祈りが続いがお蓮が口を開いた。


「仇討ちを決めて、町に来た時に宿が焼けて誰も居なくなり、途方にくれていた時。お前に会えてとても嬉しかった。

 そして、お前のお陰で仇を取る事もできた」


 突然の話しに驚いて橋蔵はお蓮を見るが、前を向き、手を合わせたままお蓮は話しを続ける。


「お前と里に帰り。里の為に尽くすという夢もできた」


「お蓮様」


「お前が好きだった」


「好きだった?」


 橋蔵の歓喜の顔に疑問が沸いた。

 お蓮が橋蔵へと顔を向ける。


「なぜ、裏切った」


「お蓮様。何を」


 驚く橋蔵にお蓮は又、前を向いて


「ずっと不思議に思っていた。何故、あんなに強くて敵を圧倒していた兄様や里の手練れ達が皆、殺られてしまったのか、答えは一つだ。

 待ち伏せされたからだ。七人もの手練れが全滅するのはそれ以外には無い。そうなると、裏切り者がいる事になる。それならば全てに合点がいく」


「全てに?」


「そう、襲撃された山屋でお前だけが生き残り。そして敵の忍び宿を知っていた事」


「私を疑っているのですか」


 お蓮は橋蔵をきっと睨み


「なぜ、敵の忍び宿が燃やされたのを黙っていた。私が寝ていた時に宿を見に行ったのなら、宿が燃やされた事を知っていた筈。

 物見ならば知らせなくてはならぬ大事な事だぞ」


 雪が降ってきた。水気を含んだ大粒の雪だ。

 その雪はお蓮や橋蔵にも降り積もっていく


「いつから、気付いていたのです」


 観念した橋蔵が言葉を発した。

 お蓮は大粒の雪越しに橋蔵を見つめ


「お前は私が姉様から授かった秘技の事を聞いてきた」


 はっとした表情を橋蔵は浮かべた。


「どの家にも秘技が有り。里の者は他家の秘技を聞いてはならぬしきたりがある。それをお前が知らぬ筈が無い」


 橋蔵はにたりと笑い


「それで押し込みの日。私に嘘をついたのですか」


 お蓮は押し込みの日。闇夜だったがまだ暗さが足りない、押し込みの日を伸ばすと橋蔵に伝えていた。


「その時はまだ半信半疑だったが」


 はっとして橋蔵は


「助けたからですか?」


「私を尾けていなければ、助ける事はできぬ。なぜ、助けた」


 橋蔵は笑い出し


「ふふふ、奴らが死んでしまえば、俺の行き先は無い。あんたは稲沢方で一番の忍びだからな。案の定、あんたは復習を果たした」


「なぜ、裏切った。信じていたのに」


「弥治郎達が悪いんだよ。俺が敵の忍び宿を見つけて知らせたのに」



 回想


 橋蔵が夜中に忘れ物を取りに丁場に近付いた時だ。

 弥治郎が女房のおつたと話しているのが聞こえた。


 おつた「百太に行かせる?」


 弥治郎「ああ、橋蔵はお頭に気に入られている。今回の押し込みが上手くいったら、百太と差が付いてしまう」


 おつた「しかし、百太が殺られてしまったら」


 弥治郎「大丈夫だ。お頭を始め里の手練れ達は皆、腕が立つ。百太は前に出るふりをして引いて見ておれば良い」


 おつた「上手くいくのかのぅ」


 弥治郎「孤児みなしごの橋蔵に百太の上に立たれてたまるか」



「驚いたよ。普段。やさしくしていて、自分を親と思えと言っていた弥治郎の本音を聞いた時は」


 お蓮は黙って聞いている。


「だから、朱太郎様にその事を話して、俺を連れていくように頼んだ」


「兄様は?」


「気持ちは分かるが今回は待っていてくれと」


「だから、裏切ったのか」


 お蓮が叫ぶ


「貴様らはいつもそうだ。孤児だから出過ぎるな、孤児だから下働きだけしていろと」


「なぜ、兄様を信じなかった。兄様には考えがあった筈」


「ふっ、信じる。信じたからどうなるというのだ。到底、孤児の俺は頭にはなれまい、男として生まれたからには一国一城の目指すのも悪く無いと思ってな」


 お蓮は悲しみ表情を浮かべ


「確かにお前にはそれだけの腕も有ろう。兄様もお前の腕を認めていた」


「そうだ! 抜け忍同士。二人で忍びの軍団を作りませんか? 我ら二人ならば最強の軍団が出来る」


 お蓮はきっと睨んで叫んだ。


「仲間を裏切った貴様はゆるさぬ」


「ならば、仕方が無い」


 橋蔵は隠し刀を抜いた。

 お蓮も懐刀を抜く


「そんな短い刀で俺に勝てると?」


「お前は我が家の秘技を知るまい」


「橋上の秘技」


 橋上はお蓮の家の屋号だ。


女娘おなごは所詮、男には叶わぬ」


 橋蔵がお蓮に斬りかかる。

 刹那、お蓮は信じられぬほど跳躍をして空中で翻り。驚き上を見上げた橋蔵の背中を刺した。


「秘技、かわせみ」


 背中を刺された橋蔵はお蓮を見つめて


「流石は最強の忍び。見事」


 恨みの表情も見せずに倒れた。

 その姿をお蓮はじっと見つめた。

 大きな粒の雪はどんどんと降り積もり橋蔵の姿も雪が埋めていく


 お蓮は懐刀をしまうと、降り続ける雪を見上げてから振り返り、歩きだした。

 降り積もる雪の上に足跡を残しながら

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女忍の物語2 うつせみ @sinkiryou

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