第19話 枯木と綿毛①

「マーちゃん! タンポポあったよ!」


 ヒノが嬉しそうに言って、地面に座り込んだ私の元へ駆けてくる。

 私は微笑で応じた。


「タンポポ、可愛いよね。私、好きだよ」 

「ヒノとどっちが好き!?」

「比べられるものじゃないと思うけど」

「でも言って!」

「もちろん、ヒノの方が好きだよ」

「よっしゃー!」


 タンポポに勝利したことを、全力で喜ぶヒノ。楽しそうで何より。

 ふと気になって聞いてみる。


「ヒノが好きな花は?」

「バラ! 愛の象徴だから!」

「バラもいいよね。私も好きだよ」

「ヒノとどっちが好き!?」

「何で花と競いたがるの?」

「ヒノはマーちゃんの一番になりたいの! だから花もライバルなの! カレーもシチューもお金もライバルなの!」


 ヒノはムキになって言う。思わず私は笑ってしまった。 


「大丈夫だよ。全部の中で、ヒノが一番大事だかは」

「やったー! アイアムレジェンド!」


 ヒノの叫び声が周囲に響き渡る。そのまま駆け出したのか、声と足音が少し小さくなった。あんまり遠くに行かないでね?

 今現在、馬車は平原のど真ん中で停まっている。

 周りは、見渡す限りの花畑。だそうだ。

 それ以外のものは何も存在しない。天国めいた風景が広がっているらしい。本物の天国じゃないことを願う。

 目で確認することこそ出来ないものの、様々な植物の花が咲き乱れていることは間違いないだろう。甘やかな香りに全身が包まれている。心地いい。

 ここは、【黄金の丘】という名前の、知る人ぞ知る名所である。昨日、たまたま同じ宿に泊まった老夫婦から教えてもらい、行ってみることにしたのだ。

 しばらくすると、ヒノの足音が戻ってきた。ブーブーという妙な音も、一緒に近づいてくる。

 豚の鳴き声ではない。可愛くないタイプの、鳥の鳴き声っぽい。と表現すれば伝わるだろうか。

 私はヒノに聞く。


「これ、何の音?」

「タンポポ笛だよ! タンポポの茎を笛にしてるの!」


 タンポポの茎を噛んでいるからか、いつもより滑舌の悪いヒノが答えた。そして再びタンポポ笛を鳴らす。

 うーん、なんとも言えない音色だ。嫌いじゃないけど。

 笛の音に耳を傾けていると、ヒノが元気よく言った。


「マーちゃん! あそこ見て! 人がいるよ! こっちに向かって手振ってるよ!」

「東西南北で言ってもらえる?」

「えーっと、北北南!」

「そんな方角はないよ」


 話しながら、人がいるらしい方面へ身体を向ける。と同時。


「すいませーん」


 という、弱々しいしゃがれ声が聞こえてきた。性別は男性と思われる。


「ヒノ、教えて。その人、どんな見た目?」

「白髪のおじいさんだよ! 薄緑色の、ボロ切れみたいなコート着てる! 木の棒を杖にしてて、何か疲れてる感じ! しんどそう!」


 なるほど。脅威ではなさそうだな。敵意を向けてこない限りは、有効的に話そう。

 やがて、老人が私達の所に辿り着いた。


「すみません。少しよろしいでしょうか?」

「いーよ! 何でも答えるよ! マーちゃんが!」


 私任せか。別にいいけど。

 老人は切迫した様子で言う。


「私は、黄金の丘という場所を探しています。何か情報を知りませんか?」

「……え?」


 私の困惑を他所に、老人は続ける。


「そこへ辿り着くためだけに、故郷を捨てて、何十年も放浪生活を続けてきました。そして遂に、この辺りに黄金の丘があるという情報を手に入れたのです」



それから男性は、聞いてもいない身の上話を語り出した。


「私の故郷は、土地に栄養がないので、まともに作物が育ちません。人口も少なく、仕事もほとんどありません。こんな場所にいたら、死ぬまで苦しい生活をしなければならない。そう思った私は、半ば逃げるように故郷を飛び出し、黄金の丘を目指しました。そこには、黄金が山のようにあり、それを売れば死ぬまで遊んで生きていけるそうです」


 おとぎ話めいたものを真剣に語る老人。

 そんな、姿の見えない年長者に対し、私は痛々しいという感想を抱いてしまった。

 勿論、夢を持つことは大事だ。何歳になっても夢を見続けられる人は尊い。

 しかし、何歳になっても現実を見ていない人は、見るに堪えない。

 それらは両輪であり、どちらも疎かにしてはいけない。そう私は思う。

 私の心中を知らない老人は、なおも情感たっぷりで続ける。


「それからの日々は、辛く苦しく大変なものでした。空腹で動けなくなったことが何度もありました。野盗に襲われ、大怪我を負いました。大津波に飲まれたり、大地震に遭遇したり、砂漠で遭難したりしました。数えきれないほど死にかけました。それでも、いつか黄金さえ手に入れれば、全てが報われる。そう信じて耐え続けてきました。本当に本当に苦しい日々でした。地獄でした」


 正直、見知らぬ人間の苦痛を、半強制的に押し付けられるのは不快だった。 

 姿を見ずとも、彼の様子は手に取るように分かる。しかし彼には、こちらの気持ちが伝わらない。


「この苦痛は、黄金の丘に辿り着き、それを手に入れた時に初めて相殺されます。つまり私は、黄金の丘へ辿り着くことでしか、幸せになれないのです。黄金の丘に辿り着けなければ、全てが無駄になってしまうのです。どんな些細な情報でも構いません。教えてください。お願いします」


数秒の間を置いて、私は言った。


「……ここが、黄金の丘ですよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女とヒノの旅路 森林梢 @w167074e

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ