第14話 ゴブリンと言う魔物

村の周囲は、囲む様に土を盛った土塁とその上に柵が設けられている。何時魔物が襲ってくるとも知れないから、最低限必要な防壁だ。

とは言え、村の全周を囲もうと思ったらかなりの労力だから、その囲いは必要最小限で耕作地には作られてはいないし、場所によっては一見しただけでは解らないが村に潜り込める僅かな隙間もある。

耕作地には獣除けの簡素な柵はあるが、どちらかと言うと設置にかかる工数は防壁の強化に優先的に費やされている。


それに魔物の襲撃は時間を選ばないから自警団員が交代で夜も哨戒に当たっているし、普通の獣なら物の数では無い。目の届きにくい小物なら簡素な柵でも防げるし、大型の獣なら自警団員が速やかに対処をしていた。むしろ、モグラなんかが一番始末に負えなかったりする。


俺達は土地勘を活用し、どうにかゴブリン共に見つかる事無く村の中へと潜り込んだ。

遠目にも解るが、所々村の中から火の手が上がっているのが見て取れる。

集会所とは反対の方向に回り込んだから、集会所の辺りがどうなっているかは流石にここからじゃ解らない。でも好都合だ。恐らく、あっちには今もゴブリンメイジも含めてゴブリン共が居る。


周囲に目をやると奮戦むなしく凶刃に倒れた自警団員の姿があった。近くまで寄って確認したい気持ちをぐっと堪える。遠目にでも解る、もう癒やしでは間に合わない。


村の周囲と倒れ伏した自警団員の回りには、事切れたゴブリンの死体が幾つも転がっていた。

柵の手前に転がっているゴブリンには何本かの矢が突き刺さっていた。侵入を試みた先遣隊だろう。ジークも最初の進行は食い止めたと言っていた筈だ。


そのタイミングでは侵入を許してはいない。なら、その後の侵攻で柵を越えられたのだろうか。家族やジーク達は大丈夫だろうか。集会所に駆けたい気持ちをぐっと堪える。


当りを付けていた家畜小屋へ慎重に歩みを進める。ようやく中を覗き込める位置まで近寄ると、そっと中を見る。

居た、予想通りだ。そこには予想していたとは言え、余りにも醜悪な光景があった。


魔物は、俺達が善なる神々から恩寵を授かるのと同じ様に、悪なる神々の恩寵を授かっている。そして、その権能の影響を色濃く受ける。

ゴブリンのそれは、余りにも有名だ。姦淫の権能を持つ下級神アルテリー。その権能の力は強制受胎。ゴブリンは、どんな種族相手でも孕ませる事が出来る。そして非常に好色だ。


厩舎には、一昨年産まれたばかりの若い雌の山羊が居る。冬に入る前に年老いた雌の山羊は絞めてしまったから、村では若い雌山羊はその一頭だけ。山羊の乳は貴重だから、大切に育てられていた。

厩舎には何日か毎に干し草を入れ替えて作られた寝床がある。だが、その山羊は今は逃げられない様に足を折られ、その寝床に無残に横たわっている。


どれ程、そうされていたのだろうか。微かに山羊の鳴き声が聞こえる。でも、もうかすれて殆ど聞こえない。

一回り大きなゴブリンが、山羊の腰に自分の腰を打ち付けている。厩舎からは雄特有の悪臭が漂っていた。


俺は込み上げてくるものをぐっと堪えて飲み下す。隣ではカレンが息を飲む。


ゴブリンは、神の権能により異種族であっても性交により確実に孕ませる。相手が人間であっても獣であっても。そして僅か1日で幼体が産まれ這い出てくる。人間の女性ならそのおぞましさに簡単に気が狂ってしまうと言う。


女性が攫われ、ゴブリンどもの苗床にされる話は何度となく聞いた。獣であれば激しく抵抗をするからああして手足を奪って抵抗出来ない様にするのだろうが、あれではもう余り長くはもたない。早く楽にしてやらねば。

獣と違って人間は意外と拘束が簡単だし、多勢に囲まれれば抵抗を諦める事もある。背格好も近いから、多分性交も容易なのだろう。

美醜を選り分けているとは思えないが、そうした事情もあってだろうか。奴らは人間の女性に対して随分と執着をする。


俺は一瞬だけど、カレンが目の前のゴブリンに組み敷かれている姿を幻想してしまった。沸々と怒りが込み上げてくる。くそっ、


俺は目に魔力を纏わせる。


 【種族鑑定】


【★2 ゴブリンソルジャー(下士官) Lv11】


★2中級相手では全部見れないかと思ったが、問題無くLvまで見れたのは僥倖だ。探していたのはこいつだ!


カレンに無言で合図を送ると、打ち合わせ通り厩舎から少しばかり離れる。

俺はある程度中を見渡せる場所に陣取って、頭の中で何度も試行をした作戦に取り掛かる。


 【隠身】


すっと、気配が薄まる。けれども、カレンからは変わらず見えている筈だ。これは神の権能により、対象の認識から己の存在を隠すスキルだ。相手を視認していなければ使用出来ないが見えているし、先程の鑑定も問題無く通用したので問題は無いはず。手応えは十分にある。

次に、言葉を出さずに全身に気合いを込める。


 【気合い】


全身に魔力を込める。隠身は何時までも有効な訳じゃない、けれどもまだいける。


 【狙い撃ち】


剣を構え、切っ先を奴へと向ける。準備は整った。狩人のスキルだから、弓を利用して使う事が多い。そもそも隠身中は身動きが取れないから、どうしても取れる手は限られてしまう。けれどもこのスキルは剣でも問題なく使える。

俺は後ろに顔を向け、目線でカレンに合図を送る。


隠身は俺を奴の認識から外れる様に隠してくれるが、このままの姿勢で使える様な先程使用した能力向上系のスキルを除いて、奴に対して攻撃する等の能動的な行動を取れば見つかってしまう。移動も危うい。その為、攻撃の手が届く場所まで奴を誘導する囮役が必要だった。


この策は、俺一人では為し得ない。


カレンが手頃な石を手に取ると、それなりの勢いでゴブリンソルジャーに投げつけた。バシっと乾いた音が響く。


「グガ?」


奴は雌山羊に突き刺していたそれを引き抜くと、無造作に雌山羊を放り出す。そしてこちらへ振り返った。カレンは間髪を入れずに自身も隠身を行使するが、どうやら隠れる事には失敗をした様だ。


カレンが隠身に成功し、訝しんだ奴がカレンに気付かないままに厩舎から出てくる事が望ましかった。それが叶わなかった場合はと、確実に誘い出す為の囮役を断腸の想いでお願いした。どれだけ危険な事かは、俺もカレンも痛い程解っていた。けれども、そこを任せる事が信頼関係を築く為には必要な事に思えた。


奴は新たな雌の臭いに気付いたのだろうか。いきり立ったままの醜悪なそれをそのままに、下卑た笑いを顔に浮かべるとゆっくりとカレンへと近付いてくる。

★2中級の、しかも下士官級ともなればその威圧感は凄まじい。カレンの肩が恐怖で震えているのが明らかに見て取れる。それでも、ゆっくりとその場に立つと、大きく手を広げて誘う。


最悪、仲間を呼ばれたりいきなりカレンに飛び掛かる可能性もあった。それでもカレンは囮役を買ってくれた。


カレンが武器を手に持ってないからか、奴が警戒をしている素振りは無い。ゆっくりと、全くの無警戒に俺の前を通り過ぎようとした。新たな雌を前に興奮しているのか、上気して漏れ出る荒い呼吸音に苛立ちが募る。


逸る気持ちを抑えタイミングを計る。今だ!!!


 【不意打ち】


奴の意識外から、完全に不意を打った形で俺の攻撃が炸裂した!






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