第13話 反転

闇の中、先程とはうって変わって人目を避ける様に道を外れて森の中を行く。


カレンも俺もキーエンス様の恩寵を授かったからだろう、さっきまでよりも感覚が鋭敏になったし、夜目も利く様になった。

さっきの場所はゴブリンが2匹、派手に血をまき散らして死んでいるから、近くに他のゴブリンが居れば臭いで気付いて集まってくるかも知れない。


今の俺ならゴブリン2~3匹位は相手取れる気もするが油断は出来ない。何より、先程の初撃破ボーナス、それを有効に活用したいと考えた。


「じゃぁ、村に戻るのね?」


先程の会話を思いだす。今俺達は、隣村に向けてでは無く、村に向かって歩を進めていた。


「ああ。まだ何が出来るのかは解らないけど、少なくとも俺もカレンも天恵を得られたから何か出来ると思うんだ。それに、さっき聞いた爆音が気になる。攻撃魔法を使えるのは少なくとも上級以上の魔物の筈だ。さすがに最上級だったらどうにもならないけど、ゴブリンの手勢だから上級だとしたら恐らくはゴブリンメイジだと思う。」


「そうね。だとしたら、少なくとも上級を出現させるだけの淀みが、この辺りに産まれた筈よね。」


「ああ。そして、最悪は奴が居るはずだ。」


「士官級のゴブリンジェネラル。。」


魔物の位階は、俺達とは異なる呼び方をされる。

俺達なら、一番下から最下級、次いで下級、中級と続く。でも魔物の場合は下級、中級、上級。そして上位になると、俺達なら上級、最上級。魔物の場合は最上級、そして厄災級と呼ばれる。

魔物でも最下位に位置する“下級”のゴブリン程度であれば、★1平民でも十分互角に戦える。けれども位階が上がって来ると位階が同じでも同程度の戦力だとは言えない。


魔物は同じ位階の中でも、強さの格と言うべきものが幾つかに分かれている。魔物の頂点である魔王を筆頭に軍勢として見なされる為、位階とは別に階級で呼称される。

つまり、兵卒、下士官、士官、将官、将帥だ。

さっき鑑定で見た【★1 ゴブリン(兵卒) Lv6】の内、兵卒がそれに当たる。★1が位階の等級を、Lvが祝福で上がった段階を現す。因みに淀みから産まれる魔物は、産まれた時からLvにばらつきが生じる。どれ程淀みから悪神の恩寵を受けて産まれたかによって、個体差が生じるらしい。


下級の魔物なら兵卒しかいない。中級に上がると兵卒とは別に下士官級が混じる様になる。

下士官級だと数段上の強さを備えていて、中級の下士官だと同じ位階の下級職では単独の討伐は困難になる。

その為か、魔物は俺達とは位階が同じでも1つ異なる等級で呼称されている。

そして俺達で言うところの中級の位階、上級の魔物になると士官級が産まれる様になる。

士官級ともなると、同じ位階でも数十人で立ち向かわなければならない。



ゴブリンの軍勢と階級は、出現例が多い事からも広く知られている。

★1下級ならゴブリンのみ。

★2中級になると、兵卒でゴブリンよりも1回りは大きなホブゴブリン。下士官がゴブリンソルジャーとゴブリンアーチャー。

★3上級になれば兵卒がゴブリンナイト、下士官はゴブリンメイジ、ゴブリンシャーマン、ゴブリンプリーストにゴブリンキャプテン。そして士官級がゴブリンジェネラル。

士官級になると、1つ上の位階と同程度と見なされる事もある。★4上級の天恵に匹敵するらしい。裏を返せば中級職だと十数人掛りの魔物を、単独で打倒しうる。それが上級職だ。


因みに、平民や市民等はそのままの身分で呼ばれる事が多いが、天恵で得られる職は最下級職、下級職と、”職”を付けて呼称される事が多い。魔物とはそこで区別をしている。

そして★4最上級の魔物の将官クラスともなると、準厄災級と呼ばれる様になる。


ゴブリンメイジが出現したのであれば、最上級職で無ければ太刀打ち出来ないゴブリンジェネラルも出現する可能性がある。

けれども、現在の村の戦力ではそもそもゴブリンメイジでもかなり厳しい。

自警団だと最高戦力の団長が下級職の剣士。赴任したばかりのアナンナさんは中級職だが、そもそも戦闘向きでは無いから下士官級のゴブリンメイジでは明らかに分が悪い。

仮にゴブリンメイジだけなら犠牲を顧みなければ、皆で掛かれば何とかなると思う。でもゴブリンは群れを作るし、上級の魔物がそもそもゴブリンメイジ1匹とは限らない。


しかも、これまでに目撃情報が全く無かった事を考えると、近くに新しく奴らを生み出す淀みが生じた可能性が高い。そうなると、今後もしばらくは少なくとも上級を含む魔物をそれなりの数生み出す筈だ。


きっと、直ぐにでも隣村まで走って警鐘を鳴らす事が一番正しい。対処が間に合わなければ俺達の村だけでは無く、幾つもの村がゴブリンの軍勢に呑まれる可能性もある。


聡いカレンの事だ。当然同じ結論に思い至っているに違い無い。それでも、俺は村へ戻る事を提案する。


「アイクが授かった天恵が凄いって、私でも解る。でもきっとまだ、ゴブリンメイジに対抗するのは無理だと思う。それでも、戻るの?」


「きっと、隣村まで走る事が正しいって俺も解っている。どんな英雄だって、最初から強かった訳じゃない。さっきまで平民だった俺が、天恵を得たからっていきなり強くなれる訳じゃ無い。」


成人の儀を終える迄、高位の天恵を得られれば英雄への道が開けるって思ってたのも事実だ。でも、俺は天恵を得られなかったから改めてその道の難しさを知る事が出来た。


「でも上手くやれればもしかしたらって思うんだ。まだ考えが纏まらないけど、それでも。」


「アイクがそう言うなら着いていくよ。私だって村の皆を見捨てたい訳じゃないもの。」


そう、見捨てたくは無い。仮にゴブリンメイジに届かなかったとしても、少なくともさっきまでよりは戦力になる。なら、少しでも犠牲は減らせる筈だ。親父が、お袋が、弟妹達が、村の皆の顔が次々と思い浮かぶ。

きっと戻る事は間違っている。それでも、このまま隣村まで走れば俺は必ず後悔をする事になる。


「だからさ、カレンに手伝って欲しいんだ。」


「私でいいの?確かに私は天恵を授かったけど、さっきのアイクの真似は無理よ。アイクの足手まといにはなりたく無い。」


「そうじゃないよ。」


上手く伝わるだろうか、慎重に言葉を選ぶ。


「この天恵の事は、多分誰にでも言える訳じゃ無い。カレンだからなんだ、信頼して話せるのは。正直、今でも怖い。カレンに拒絶される事が。」


「そんな事!」


「勿論、そんな事は無いって解っている。でも、そうじゃないって信じられるのはカレンだからなんだ。カレンじゃ無いと相談も出来ないし一緒に考える事も出来ないし、一緒に歩く事も出来ない。そんな気がするんだ。だから、カレンじゃ無きゃダメなんだ。」


果たして伝わっただろうか。少し間を置くと、優しい声でカレンが返事をした。


「解ったわ。じゃぁ、お願いだから何かあったらちゃんと相談してね。私も必ず相談する。もう嘘をついてあんな思いはしない。」


「うん。俺もそんな思いは嫌だ。」


「それに、私を特別扱いはしないでね。足手まといになったらちゃんと言ってね。お願いだから。」


「解った、約束だ。」


そして、俺達は先程の場所を離れて、警戒をしつつ村へと戻る。

今は茂みに身を隠しつつ、村の様子を遠巻きに見ている。


村の周囲は森が開かれていて畑が広がっている。草もろくに生えていないこの時期では、この先身を隠す場所等無い。


「これから、どうするの?」


「慎重に村の側に行く。さっき単独で行動していたゴブリンも居たし、多分一カ所に集まってる訳じゃないと思うんだ。出来れば単独の中級のゴブリンを見つけたい。」


「それは何故?」


「さっき迄の事を考えてたんだ。」


そして、これからの事を手短に説明する。そう、初回撃破ボーナスは2回あった。キーエンス様の恩寵を得てからは,記憶を振り返って見ても最初よりも意味が解る様になった。

そして冷静に考えると、確かに最初のゴブリンと2匹目のゴブリンを倒した時、どちらも初回撃破ボーナスとそうあの声は言った筈だ。

つまり、初回は産まれてから初めて魔物を倒した時だけではなく、転職した最初の魔物討伐時にそれぞれ得られた可能性があると言う事だ。


転職前の平民と転職後の癒やし手でそれぞれ初撃破ボーナスを獲得した。なら、転職後の初撃破ボーナスは1回限りだろうか。

多分そうじゃない。きっと残りは2回。

だから、途中ゴブリンには出くわさない様に慎重に移動をした。出来ればボーナスを最大限に活用出来る様に、少しでも強い魔物を倒したい。そう考えると、★2の中級が望ましい。ゴブリンメイジがいる位だから、きっと中級のゴブリンも居る筈だ。


複数の転職ボーナスを得たとは言え、★2の中級は格上だ。もっと確実に★1のゴブリンから狙う方が良いのかも知れない。でも、それじゃぁゴブリンメイジには届かない。

それに複数のスキルが組み合わせて使えるなら、多分格上でも通用する。しかも、異なる職業のスキルを同時に使う事が出来る。きっと、誰もやった事が無い組み合わせもある筈だ。それを、頭の中で何度もシミュレーションをしてカレンにも相談をして、必要なスキルも獲得した。後は、少しでも強い魔物を倒すだけだ。

その為には、まずは最適な魔物を見つけ出す必要がある。


打ち合わせを終えカレンに声を掛けると、俺達は慎重に村へと歩き出した。

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