第12話 告白
【癒やし】
基本職の1つである癒やし手は、大地母神アルマールに恩寵を授かった職業だ。
最初に獲得する【癒やし】に代表される様に、貴重な回復スキルを有している。
俺は職業ボードから初期スキルの【癒やし】を獲得した事により、【癒やし手】に転職をする事が出来た。先程感じた大きな力は、転職をした際に授かる神の恩寵だろう。
神に奇跡を願いスキルを発動するとカレンを淡い光が包み込み、見る間に傷が回復し一気に体温が戻る。二呼吸程の間で光はおさまる。
「カレン、大丈夫か?」
「あれ、私?どうしたのアイク?」
殆ど間を置かずに俺の呼び掛けに応えて意識を覚醒させる。腕の中で目を開くと自然と顔を覗き込んでいた俺と目が合う。
俺は今どんな表情をしていただろうか。俺の表情を見たカレンが、疑問符を浮かべる。
「あれ、私どうしたんだっけ。そうだ、ゴブリン!」
「大丈夫だ。ゴブリンは何とか倒したよ。」
ようやく、先程の状況を理解し始めた様だ。はっとした表情をすると、カレンは勢い良く俺に抱きついて来た。
「アイク、無事で良かった。ごめん、私。ごめんなさい、アイク!」
そう言って、耳元で泣き始める。
俺は、突然のカレンの行動に理解が追い付かなかった。カレンが泣く所なんてずっと小さい頃に見たきりで、あれだけ厳しかった鍛錬の合間でも根を上げた事も無ければ涙を流した事も無い。そんなカレンが突然泣き出す何て。
「どうしたんだカレン、もう大丈夫だよ。さっきは危なかったけどちゃんと倒せたから。俺こそカレンに助けて貰って、」
そう言って、優しく抱きしめる。
「違うの、そうじゃないの。ごめんなさい、本当にごめんなさい。」
何度もごめんなさいと繰り返して取り付く島も無い。だが何時までもここでこうしている訳にもいかない。
少しして落ち着いた頃合いを見計らうと、カレンの肩を掴んでゆっくりと引き離し目を合わせる。
「どうしたんだ?もしかして、さっき上手く連携が取れなかった事か?決して良くは無いけど、こうして二人無事だったんだ。それなら大丈夫だよ。」
「そうだけど、そうじゃないの。」
「違う?」
てっきり、その事だと思った。ならカレンは何を謝っているのだろう。だめだ思い付かない。
「ごめん、カレンが何を謝っているか心当たりが無いんだ。教えてくれないか。」
カレンがまたしてもどう応えて良いのか逡巡する。だが息を飲み込み意を決っすると、何故謝ったのかを教えてくれた。
「アイク、私ね、本当は天恵を授かったの。最下級職だったけど【狩人】の天恵を。でも、ずっと二人でって決めてたしアイクが英雄を目指してたの知ってたから。だからあの日、私は嘘をついたの。」
時々感じた小さな違和感。その正体にようやく思い至る事が出来た。
「どうして、言ってくれなかったんだい?」
俺が酷く落ち込んでいたから、言い出しにくかったのかな。解る気はする。
「成人の儀が終わった後に言い出すきっかけが無くて。しばらくしてアイクに聞かれた時にね、思わず授かって無いって答えちゃって。」
俺は思わず言いかけた言葉を飲み込み、カレンの次の言葉を待つ。
「何度もね、ちゃんと言おうと思ったの。でも言い出せなくって。」
俺とカレンの間に隠し事なんて無いと思ってた。何故そうなったのかを必死で考える。
俺に悪いと思って気遣ったから?カレンが天恵を授かったのならちゃんとおめでとうって喜べるのに。カレンだけが天恵を授かったからって俺が羨むとでも。成人の儀を終えてからの事を思い出す。
違う、そうじゃない。俺がちゃんと聞けなかったからだ。あの時、儀式が終わった時、俺は天恵を授からなかったけどカレンはどうだったって、ちゃんと聞かなかったからだ。俺は、暗にカレンが天恵を授かって無い事を願っていなかったか?
「カレン、ごめん、カレンのせいじゃない。俺こそごめん、カレンの事気付いてやれなくて。ちゃんと聞けなくて。」
ううん、そう言って首を振る。何でそんな簡単な事が言えなかったのだろう、聞けなかったのだろう。
「それでね、さっき私が回り込んだ時に一瞬考えちゃったの。もし私の動きを見て天恵を授かった事がばれたらどうしようって。」
きっと、俺が自分の事ばかり考えてたからだ。だから、カレンは言えなかったんじゃ無いのか。
成人の儀を終えると、レベルが0なら1つ上がる。それだけでもはっきりと解る位には身体能力に差を感じる。だが天恵を得た人に比べれば、平民の変化なんて余りにも僅かだ。
先程【癒やし手】に転職した際に感じた万能感にも似た高揚感。きっと身体能力はさっきまでとは大きく違っている筈だ。
戦いの場でそうした天恵を得たカレンの動きを見たら、確かに違和感を覚えた筈だ。その時、俺はちゃんとカレンに尋ねる事が出来ただろうか。天恵を得たの?って。言葉に出来ずに疑念がどんどん膨らんでいく、そんな未来が簡単に想像出来た。
「アイクがね、作ってくれた機会を逃してしまって、いよいよ身体が動かなくなって。そうしたらアイクが死んでしまうんじゃないかって。」
そして、また泣きそうになるのをぐっと堪える。
「だから意識を失う時、きっとこれは嘘をついた罰なんだって。でも、それでアイクを失ったらと思うと、私。アイクが無事で本当に良かった。」
そう言って涙を零しながら、俺の無事を喜んでくれる。
俺はカレンの表情を見て心を決める。
本当は、心の何処かで思ってたんだ。自由に転職できる天恵なんて聞いた事が無い。これは悪神の恩寵なんじゃ無いかって。もしかしたらカレンに打ち明けても受け入れられないんじゃ無いかって。
一度掛け違えてしまったボタンを正す事は困難かも知れない。だから、
「俺、カレンに話さなきゃいけない事があるんだ。」
今度は間違わない様に、意を決してそう伝える。
それから、あの時何が起こったのかを説明した。
最初は話の内容が理解出来なかったみたいだったけれど、俺が【癒やし】で怪我を治した事を説明すると、ようやく自分が先程まで死にかけていた事を思い出したのか、何度も自分の身体を確認する。
さっきまでは謝りつつも、ずっと俺の心配しかしてなかった。自分の事なんか二の次で。カレンはそう言う奴だ。
「そうか、私さっきまで死にかかってたんだよね。だから、無事だったんだ。」
「うん、俺もカレンがこのまま死んじゃうんじゃ無いかって、本当に心配したんだ。生きた心地がしなかった。」
あんな自分を盾にする様な、身を投げ出す様な事はしないで欲しい。でも、それを言葉にしてしまうのは何か違う気がした。
「アルマール様のお陰だね。ありがとう御座います。アルマール様。」
そう、カレンが感謝の祈りを捧げる。
そうだ、俺が授かった天恵はアルマール様から授かったものだ。悪神の恩寵な訳が無い。慌ててカレンと一緒にアルマール様に感謝の祈りを捧げる。
身体能力だけじゃなく感覚も向上したからだろうか。不意に、近づいてくる気配に気が付いた。カレンも同様に気付いたのか同じ方向の闇の向こうへと目を向ける。
「カレン、ここは俺に任せてくれないか。」
「大丈夫、私も戦えるよ!」
「それは心配してないよ。さっき説明した力を試してみたいんだ。」
そう、俺はボードから自由にパネルを取得出来る。そしてボードを自由に変えられる。なら、さっきと同じ事だって出来る筈だ。
ボードを【平民】に戻すと、改めて【戦士】と【狩人】に転職をする。またあの声が何かを告げてきたが何となくしか意味が解らない。そして【戦士】にボードを設定した。
「本当なら、ちゃんと2人で戦う事が大事なんだって解ってる。」
何かを感じ取ったのだろう、カレンが頷く。俺は一歩前に踏み出すと、剣を構え姿勢を低く保ち待ち構える。
先程と同じ様に、だが今度は幾分警戒をしながら新たなゴブリンが姿を現した。
まだ終わりじゃない、戦いは始まったばかりだ。きっと、この授かった天恵は盤面をひっくり返せるだけの力がある。その為には、何ができるのかを確かめなくちゃならない。
【種族鑑定】
ゴブリンに魔力を乗せた視線を向ける。大して抵抗される事無く、キーエンス様の解明の権能がゴブリンの秘密を暴く。
『★1 ゴブリン(兵卒) Lv6』
よし、普通のゴブリンだ。そして現在の職業が戦士でも、獲得済みのスキルならボードが違ってても狩人のスキルでも問題無く使用出来る。これなら、もしかしたら何とかなるかも知れない。
俺は剣に魔力を纏わせると次のスキルを発動する。
【切り裂き】
低い姿勢から一気に飛び出し距離を詰めると、そのままの勢いに袈裟切りにする。
【切り裂き】は戦士の基本スキルだ。敵が気付くよりも早く身を寄せて魔力を纏わせた剣で敵を鋭く切り裂く。
一呼吸を置いてゴブリンの身体が剣の軌跡に沿って斜めにずれるとそのまま崩れ落ちた。周囲に夥しい血臭が漂う。
『初回撃破ボーナスを獲得、5倍経験値を獲得しました』
先程ゴブリンを倒した時と同じ声が聞こえて来た。今度は、先程よりもはっきりと意味が解る、何故だろう。もしかしたら狩人に転職してキーエンス様の恩寵を得たからかも知れない。
しかし、初めての撃破?ゴブリンを倒したのは2回目の筈。
「アイク、今のって戦士のスキルだよね!凄い!!」
「これがどうやら俺の天恵みたいだ。さっき癒やし手から戦士に転職したんだ。」
「凄いね、そんな天恵聞いた事が無いよ。でも良かった、これで英雄に近づけたね。」
そうだ。これでようやく俺が目指す英雄に一歩近づく事が出来た、そんな気がする。
「そうだね、ようやく一歩だ。」
「本当に、良かった。ねぇ、これからも一緒に居ていいの?」
またしてもカレンに先に尋ねられてしまう。勿論じゃ無いか、カレンが居ない未来なんて考えられない。
「勿論だよ。僕からもお願いしていい?この力が何かは解らないけど、何時までも一緒に居て欲しいんだ。」
改めて二人で神々に誓う、二人が共に歩む事を。さぁ始めよう。俺のじゃ無くて、二人で歩む俺達の英雄譚を。
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