第11話 死線

ドーン!


村を飛び出し程なくして、村の方向から大きな爆音が響き渡る。


思わず足を止めたカレンの手を掴むと強く握りしめる。

心配は尽きないが、まずは少しでも早く隣の村まで走らなければ。

恐らくまだ日が変わったばかりだ、夜は長い。


幸いにして月は明るい。ようやく目が闇に慣れ、支障なく移動が出来そうである。

この時期なら下生えに足を取られる事も無い。


それでも、一番近い隣村まで全力で掛けたとしてもどれ位の時間が掛かるかは解らないし、ジークが言う様に危険である事は明白だ。


カレンと目を合わせ、頷く。いざ走り出そうとしたその時、俺達の眼前、道の脇の茂みから魔物の声が聞こえた。


ぐぎゃぎゃ


誰何するかの様な、醜く濁った声。

警戒して剣を抜き身構える俺達の前に、ガサガサと茂みをかき分けて姿を現したのは太い根っこごと引き抜いただけの若木。それの枝を雑に落としただけの、だが容易に人を殺し得るであろう棍棒を持ったゴブリンであった。


一瞬身が竦みそうになるがゴブリンと相対するのは2回目だ。気持ちを奮い立たせ、


「カレン!」


と、若干声を抑えて、だけれど気合いを込めた声を掛け合図を送る。


ジーク達相手にカレンとの連携は何度と無く鍛錬を積んできた。今更確認をしなくてもカレンがどう動くかは手に取る様に解る。

カレンが右へ回り込もうとする。だが、何時もよりも若干動きがぎこち無い。


帰路で、1匹も魔物に出くわさなかったのは幸いだと思ったが、これなら1回位はジーク達が一緒に居る間に経験を積んでおくべきだったかも知れない。だが悔やむ暇等無い。


ゴブリンが回りこもうとするカレンに一瞬意識を向ける。その隙を見逃さず、一気に距離を詰め剣を横薙ぎに切りつける。しかし、かつてジークに見た光景と同じ様に見えない硬質な何かに弾かれ火花が散る。


「くそ、浅い」


だがこのタイミングなら。ゴブリンがこちらに意識を向け、カレンが完全に視界から外れた筈だ。

間髪を入れずに隙をついてカレンが斬りかかる!、筈だったがカレンに一瞬目を向けると、何かを逡巡する様な表情を見せ足を踏み出せずに居た。


今度は逆に俺のその隙を捉えたのだろう。ゴブリンは大きく振り上げた棍棒を力任せに俺に叩き付ける。

棍棒は俺の右肩を捉え、これまでに味わった事の無い程の衝撃が全身を貫く。

剣を取り落とし、たまらず膝を付く。


奴は勝利を確信したのだろうか。笑みを浮かべると先程と同じ様に棍棒を大きく振り被り、今度は横薙ぎに叩き付けてきた。


だめだ、躱せない。一瞬目を背けてしまう。耳に、どすっと重く沈んだ音が響く。けれども待ち構えた衝撃は俺には襲って来なかった。

俺の眼前を通り過ぎる棍棒の巻き起こす風が俺の顔を撫で、それとは別に俺の横を何かが掠めていく気配。俺はその何かを目で追う。そして、後方に吹き飛ばされてどさっと倒れ込むカレン!


「カレン!!」


何が起こった!何故カレンが吹き飛ばされた!疑問ばかりが浮かぶ。


「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」


耳障りな笑い声が響き渡り、奴が醜悪な笑みを浮かべる。猛烈に怒りがこみ上げてくる。


転がった剣を掴み、構えつつ何とか立ち上がる。


今すぐにでもカレンに駆け付け無事か確認をしたい。だが、こいつを倒さなければ確実に助からない。

余りの不甲斐なさに沈みそうになる感情を、怒りに身を任せてかろうじて奮い立たせる。頭の中に湧き上がる感情とは別の部分が冷静に自分を律っしようと心掛ける。


師匠との訓練では何度と無く言われた事だ。常に自分を俯瞰的に見ろと。

俺達にとって悪神の眷属は魂に刻まれた敵だ。どれ程の恐怖を覚えようとも、決して怒りの感情は無くならない。

不安や恐怖と言った感情は抑え込み、怒りを燃やせ。だがそれとは別に心の中に別の場所を作り、もう一人の自分を押し込めろ。常に自分を俯瞰的に見て、感情を操作しろ。

鍛錬ではそうした感情を知る事はなかなか難しい。だから、そうした自分を律する方法を会得する為に幾度と無く限界まで追い込まれたものだ。


奴に正対すると剣を目線の高さに合わせて構え、半身を開きつつ右足を後ろにゆっくりと引き剣を水平に切っ先を奴へと向ける。


冷静になれ、と声無く叫ぶが気ばかりが逸る。

奴が棍棒で殴り掛かってくる。視線を定めず視界を広く取り、しかし敵を見据える。大丈夫だ、見える!

一歩左足を大きく踏み込む。奴の棍棒が耳元を掠め、後ろに流れていく。

回り込みつつ常に剣先を奴に向ける。奴の左脇が目の前に無防備に晒されているが、今では無い。この位置で致命傷を与えることは難しい。

隙だらけに見えるが隙を誘う攻撃なのは明白だ。奴は体勢を崩す事なく地面すれすれ迄振り下ろした棍棒をピタと止めると、足を踏ん張り先程とは打って変わって気合いの込もった声をあげて棍棒を下から上に掬い上げる。


それは見えている。


その攻撃を1歩下がって冷静に躱すと、奴は俺の正面に無防備な胴体を晒した。


「はぁー!」


裂帛の気合いと共に全体重を右足に掛けて踏み込み、全身をバネの様にして一気に勢いよく剣を突き出す。

俺達と同じなら心臓があるであろう場所に、狙い違わず両手に持った剣がずぶりと沈み込む。

ゴブリンがびくりと硬直する。止めをさすべく剣に捻りを加え心臓を抉ると、そのまま一気に引き抜き残心の構えを取る


引き抜いた傷口から血が噴き出し、奴は後ろに倒れ込んだ。


仕留めた!

確かな手応えに確信を持つと、そのまま踵を返しカレンへと駆け寄って状態を確認する。


「カレン!」


倒れ伏したカレンの状態を確認してみると、恐らく横薙ぎの攻撃をまともに受けて吹き飛ばされたのだろう。状態は思わしく無い。

何度もカレンと声を掛けつつ、ゆっくりと身体を返しながら上体を起こして抱き抱える。カレンがうっと呻くと、げほっと咳き込み血痰を吐く。

かなり不味い状態で有る事は容易に解る。右肩から脇腹に掛けてを棍棒で殴られたのだろう。右肩が落ち込んでおり、鎖骨と恐らくは肋骨が何本かいかれている。右腕もあらぬ方向へ曲がっている。

ひゅー、ひゅーっと、呼吸音に微かに雑音が混じっている。もしかしたら、折れた骨が肺に刺さっているのかも知れない。


先程までの高ぶっていた気持ちが一気に沈み込む。このままではカレンが。

喪失感に心が塗り潰されていく、頭が上手く回らない。だから、絶命したゴブリンから祝福が自分へと流れ込んで来る事に気付く事が出来なかった。


頭の中にその声が響くまで、自分のレベルが上がったその事実に気付かなかった。


『初回撃破ボーナスを獲得、5倍経験値を獲得しました』


『魔物の討伐によるレベルアップを確認、デバックモードを解放します。SP獲得ボーナスを適用します』


『スキルボードの閲覧機能を解放します。あわせてデバック機能によりパネルの取得制限を解除します』


一体なんだ?知らない言葉が頭に響く。だが、何故か言葉は通じずとも意味は何となく解った。

今までに感じた事の無い程の高揚感が自分を満たす。いや、後で思い返して見れば成人の儀を終えた時に感じた高揚感と同じものだった。これがレベル向上による恩寵なのだろう。


だが、それよりはまず先程の声だ。


『スキルボード』とは何だ?そう先程聞こえた言葉に意識を向けると、目の前に今までに見た事も無い何かが浮かび上がって見える。

使い方は解る。そうか、これにSPを使う事で恩寵を得る事が出来るのか。右上にSP 7とある。

スキルボードは聞いた事がある。確か過去の英雄が記した文献に記述があった筈だ。ただ、その英雄以外に実在を確認出来た者が居なかった為、しばらくは実在を疑われていた。

その英雄が為した功績とそれからの研究で、現在では大凡その記述は正しいとされている。


人は神より身分や職業に応じた恩寵を受け取る。それは、幾つかのスキルパネルからなる樹形図になっており、レベルの向上と共に1つずつパネルが解放されていく。そして対応するパネル毎に恩寵を受け取る事が出来る。

それはステータスを向上させたり、固有の技能を得たりする事が出来る。

パネルは樹形図になっており経路は幾つか用意されている。枝分かれした経路は平民であれば基本職の3職と市民の計4つに分かれている。


今目の前に見えるボードは、正しくその英雄が書き残した文献に記された通りの物だった。


「なら、カレンを救えるかも知れない・・」


ボードのパネルに意識を向けると、そのパネルを取得する事で受けられる恩寵が自然と頭の中に入ってきて理解できた

1つだけ選択が出来無いパネルがあったが今は問題無い。本来であれば樹形図の経路通りにしかパネルは取得できない筈だが、何故かその経路を無視してパネルを獲得できる事が解る。


そんな話は聞いた事が無い。でも、迷う時間はもう幾許も無い。今も抱き上げたカレンの体温が徐々に失われていくのを腕越しに感じる。


俺は目当てのパネルに意識を向ける。


『初転職を確認しました。ボード切り替え機能を解放します』


俺が選んだパネルは【癒やし】。癒やし手の初期スキルである回復スキルだ。それを選択すると、先程感じた高揚感よりも更に大きな力が湧き上がってくるのを感じる。癒し手の基本スキルを獲得した事により俺は転職を果たした。

スキルボードが直ちに【癒し手】に変わる。詳細を調べたいが、後だ。


 【癒やし】


大地母神へ神の奇跡を願いつつ、カレンを救う為に俺は生まれて初めてスキルを使用した。

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