第9話 帰途
程なくして俺の部屋に皆が集まるとジークとアリスに天恵を授からなかったと報告をした。
「そうか。」
報告を聞いたジークの反応はあっさりとしたものだ。だが、ジークもアリスも同じ道を辿ってきた先達だ。言葉にせずとも通じる事もある。むしろ色々と聞かれたり、同情されるよりも余程良い。
その後は眠気もピークだったから、昼までは時間を貰って寝る事にした。
今朝方までの賑わいはさすがに多少はなりを潜めるが、新年のお祝いムードは2~3日は続く。
新成人達はおおよそこの2~3日中に自分の身の振り方を決める。
年始の2~3日は、多くの職種で新人を迎え入れようと門戸を開く。
平時の仕事の手は休め、人材の獲得に勤しむ。
就職先としての一番人気は、魔物狩りギルドだ。
天恵を得た者も直ぐに魔物狩りとなる訳では無いし、天恵を得られなくても魔物狩りを選択する者も多い。全体で見ると新成人の1割~2割程。
天恵持ちとそうで無い者の比率としては、ざっと2対8といった所。
今年成人になったのはざっと3000人だから、多ければ600人位が魔物狩りを目指す。
交易都市スピーナを中心としたケウルス伯爵領は人口で見ると10万人程。その半数が、このスピーナに居住をしている。
つまり新成人の半数程度は生活基盤が交易都市にあるので、そうした人々であれば多少は余裕がある。
そうで無ければ、逆に新年早々ギルドの門を叩く事になる。
恐らくは1~200人位か。それ位の人数が新年早々に魔物狩りになる事を選択する。魔物狩りギルドは年中無休なので、昼過ぎ位には新成人でごった返す事になる。
因みに、こうした天恵の授かる割合だとか人口比率と言った知識は意外と広く知られている。
魔物狩りの人数を確保する事は人類の生存権を維持、拡張する為には必要不可欠だ。
しかし新成人の内、魔物狩りを職業として選んだ者達の実に3分の1は1年以内に命を落とす。10年生存率で見ても3割程度。
その為、少しでも生存率を上げる為に天恵や恩寵、祝福に関する研究は長年に渡って進められている。そうして得られた知識は、国と魔物狩りギルドによって積極的に流布されている。
開拓村でも意欲さえ有れば幼少から学ぶ環境はあるし、こうした知識に触れる機会は多い。英雄への憧れが強かった俺であれば尚更だ。そのお陰でかなり早くに文字を覚えたし開拓村では一番数字に強かったりする。
そう言う訳で、俺達は成人の儀を終えればそのまま魔物狩りギルドへと足を運ぶ予定ではあったが、先にカレンに宣言した通りまずは開拓村に一旦戻る事にした。
旅銀には限りが有るし、ジークとアリスも村の用事が残っている。
村に新しい行政官が赴任するそうで、年明け早々に道案内を兼ねて一緒に村迄移動をするそうだ。ジーク達の帰路に同行させて貰う事にした。
昼過ぎに起きると、赴任する行政官に挨拶に行ってるらしくジーク達は居なかった。カレンと二人で町に繰り出し、ささやかながら家族や村の皆にお土産を買う事にした。
余り嵩張っては邪魔になる。村では早々目にする事が無い銀細工の小物や、綺麗な布の端切れ等。弟妹達に小さいながらも仕立ての良いおもちゃも奮発して購入した。結構な値段がした。
村に帰る人達の多くが同じようにお土産を買って帰るのだろう。そうしたお店は新年でも比較的開いていて、お客も多かった。
夜は宿で食事を取る。今日見た町の様子を話のネタに会話が弾む。今日は軽く酒も嗜んだ。
帰りの旅路に備えて早めに部屋に引き上げたが、夜はついにカレンと一緒に寝た。
窓から差し込む月明かりを頼りに見るカレンは、驚く程に美しかった。
「んじゃ、親父さん、お世話になりました。」
「まいど。子供でも出来たら、また顔でも見せに来てくれ。」
「まぁその内に。親父さんもお元気で。」
ジークが馴染みの主人にそう挨拶をする。
翌日は夜が明けて早々に朝食を食べると、準備を整えて出発をする。
俺とカレンは日も空けやらぬ内から起き出して、もう1つだけ交易都市でやり残した事を済ませた。
交易都市に来る時よりも帰りの方が荷物が大幅に増えていた。
俺達のお土産もそうだが、開拓村では何かと不足しがちなものを買い出したので、どうしても荷物は増える。
開拓村を巡る酔狂な交易商人は希なので、どうしても領軍が主導する巡回商人に頼らざるを得ない。定期的に物資の補給を兼ねて開拓村を巡回してくれるとは言え、そこで手に入る物はどうしても限られてしまう。
品揃えは優先順位の高い物が占めるので、優先順位が下がるもの、それでも皆が欲する物、つまりは嗜好品がお土産に喜ばれる。
ジークとアリスは、村の人々からリクエストがあった余り嵩張らない嗜好品を買い込んできたと言う訳だ。嵩張らないと言っても、さすがにそれなりの量になるのだけれども。
その為、俺とカレンも分担して荷物を担いだ。パンパンに詰まった大きめの背負い袋1つ。
結構な重さだと思うのだが、成人の儀を終えて恩寵を得たからか驚く程軽々と担ぐ事が出来た。
ジークとアリスなら、恩寵による身体能力の向上は尚更なので重さは殆ど感じない筈だが、とは言えこの背負い袋2つに元々持っている荷物を合わせるとさすがに嵩張るので歩きにくくるなる。それに加えて、行政官の荷物も多少は分担して運ぶそうだ。
当初はジークとアリスが二人で担ぐ予定だった荷物を半分に分けて受け持っているので、その点についてはおおいに喜ばれた。
町の門を抜けると、少し離れた場所で灰色の法衣に身を包んだ女性が待っていた。
「あれ、時間遅かったですか。お待たせをしてすいません。」
「いえいえ、私が少し早かっただけで、それ程待ってはいないので大丈夫ですよ。」
「アイク、カレン、こちらが行政官のアナンナさんだ。アナンナさん、この二人がうちの村から今年成人した二人です。」
ジークが俺達を紹介する。改めてアナンナさんの格好を見る。灰色の法衣、契約と調停の神テルミナーの信徒だ。
行政に携わる官吏を行政官と呼ぶが、アナンナさんは天恵で得た職業なので趣は少々異なる。
テルミナーの権能は、安定、契約、調停、境界、中立の守護者。実際に行政官として開拓村の検地を行い、税収を定める仕事も行う。だが、その本領は境界を定める事にある。
人類と魔物の領域を定め、境界を設け、生存圏を確立する。つまり、行政官は結界という特殊な加護を与える事が出来る天恵だ。
「では、揃った事ですし早速出発しましょうか。」
アナンナさんは、そう言って足下に置いてあった荷物を担ぎ上げる。じゃらじゃらと金属同士が擦れ合う、特徴的な音がする。
同じ様な荷物があと2つはあり、ジークとアリスがそれぞれ担ぎ上げる。
「それは、何ですか?」
「これですか、これは特殊な処理を施した境界杭です。さすがに開拓村では、鍛冶仕事は出来ないでしょうからね。これと同じ物ですよ」
俺が訊ねると、そう言って腰に結びつけてある杭を見せてくれた。
長さが20cm、太さも1cmはあるだろうか。巨大な釘の様に見える。それが5本、紐で結んで腰にぶら下げてあった。
「ああ、これが噂の。」
と、ジーク。
「聞いた事はありますが、始めて実物を見ました。これが境界杭なんですね。」
特別な処理と言っても、要は錆びにくい処置をしているだけだが、かなり上質な鉄で作られている事が見て取れる。簡単な鍛冶仕事は村でもやっているとは言え、さすがにこれを村で用意するのは難しいだろう。
行政官は中級職だ。しかも基本職では無いから当然その職を得られる人は更に少ない。
天恵は、9柱の神々いずれかによって授けられる。その中でも市民から転職が可能な3職が、戦士、癒やし手、狩人であり、そこから昇格が可能な各々の職業を基本職と言う。
それ以外が専門職と特別職だ。特別職は上級以上でしか得られず基本職や専門職よりも更に天恵を授かる可能性が低い。行政官は専門職にあたるので、基本職と比較すると遙かにその人数は少ない。
因みに、戦士は法と秩序の神グラディス、癒やし手は大地母神アルマール、狩人は秘せる隠者とも呼ばれる探究神キーエンスにより授けられる。
この3神を特に主神と呼ぶ。人類に最初に天恵に授けてくれた神々だ。
「ジークも目にしたのは初めてなんですね。」
「まぁな。魔物狩りを10年もやってれば一緒に仕事をする機会もありそうだが、この辺りの行政官は皆領主が抱え込んでいるからな。」
「そうですね。結界の敷設も、村規模ともなれば1年掛りですからね。異動も早くて年に1度ですし縁が無ければお会いする機会は無いのでしょうね。」
行政官は、領主の任を受けて結界を施す仕事をしている事が多い為、魔物狩りを生業にしている人は殆ど居ない。
早々目にする機会も無く、天恵について解説した本を読んで知識としては知っていたが、伝聞で聞く機会も無ければこうして実際に会う事も始めてなので、当然境界杭について目にした事も初めてと言う訳だ。
「ケウルス伯爵の領内ですと、どれ位いらっしゃるんですか?」
「私ともう1人ですね。もう1人は領軍の専属なので、こうして開拓村に赴任をしているのは私だけです。では行きましょう。」
そう言って、アナンナさんは歩き始める。
「ジークさん、道中はお願いしますね。頼りにしてます。」
「いやいやご謙遜を。こちらこそ、お世話になると思いますが道案内はお任せ下さい。」
アナンナさんの左の腰には先程の境界杭が結わえられているが、反対側にはかなり大振りな槌がぶら下がっている。
頭の部分で幅5cm、長さが20cm程。柄の長さだけでも80cm位はあるだろうか。大工道具に使うには余りにも大きいし、バランスは少々歪で重心は頭部に寄っている。テルミナーの信徒が好んで使う戦闘槌だ。
行政官の響きから戦闘に向かない天恵に思える。実際前に出て戦う事に向いてはいないのだろうが、とは言えそれでも中級職だ。恐らくジークさんでは歯が立たない。
村では一番の腕利きが村長でそれでも下級職だったから、正直に言えば中級職がどれ程戦えるのかは興味が尽きない。不謹慎にもゴブリン位は道中出くわさないかなと、そう思った。
だが、幸いにしてと言うべきか、帰りの道中は平穏そのものだった。
単純にアナンナさんの恩恵が大きい。夜になると野営地の周囲に手早く境界杭を5本打ち込み、簡易の結界を施してくれる。
簡易とは言えむしろ村に施す様な大規模な結界より性能は上らしく、気配をほぼほぼ遮断してくれるので下級の魔物位であればまず寄り付かないらしい。仮に中級であっても効果が切れるまでで有れば防いでくれるそうだ。
しかも結界内は多少は寒さも和らぐので、往きの道中よりも寒かったにも関わらず野営中はしっかりと睡眠を取る事が出来、疲れも余り蓄積しなかった。疲れにくいのは僅か4日とは言え往きの経験で多少は慣れたのか、あるいは成人の儀を経て能力が向上した影響もあるのだろうが。
それでも、還りの旅路が苦にならなかったのはやはりアナンナさんの恩恵が大きいのだろう。さすが中級職と、別の意味で感動した。
かくして、何事も無く4日後には村に帰郷を果たす。
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