第8話 儀式の後

成人の儀を終え、各々年越しを祝う宴席へと繰り出す。町は新年を祝う熱気で包まれており、夜通しそこかしこで喧噪が響き渡っている。


俺は天恵を授からなかった悔しさを紛らわす為に、大いに食べて飲んだ。正直に言えば儀式の疲れもあり、早々に宿へと引き上げてゆっくり休みたい気分ではあった。

だが、胸の奥に燻る炎を消したくは無かった。


長椅子に腰掛け、テーブルに用意されている食事に次から次へと手を伸ばす。

カレンも最初の頃は一緒に食事を楽しみ、儀式が想像以上に大変だったとか、交易都市までの道中は大変だったとか、そんな他愛の無い話をした。

半刻もすれば話題も乏しくなり、自然と口数は少なくなる。だが、お互いに何となく天恵を授かったどうか、訊ねる事が出来ないままだった。


程無くして、カレンが俺の肩に頭を預けると、静かな寝息を立て始めた。

カレンの頭をそっと膝の上に移動させると、通りがかった神官に毛布をお願いし、カレンに掛けた。


やっぱり、カレンは綺麗だ。

カレンの寝顔を見つめると、その時だけはすっと喧噪が遠のく様に感じる。

しばらくの間カレンの髪を手で梳いてると、ようやく燻っていた火照りが治まる気がした。


後はゆっくりと果実水で喉を潤しながら物思いに耽る。いっそ何もかも忘れたくなるが、酒を飲む気分には到底なれなかった。


周囲にはまだまだ新成人が居て、盛り上がっている。

元の人数から比べれば大分数は少なくなっただろうが、そこかしこで仲間内でこれからに思いを馳せ、明日からの展望について話をしているのが聞こえてくる。


この中で、どれだけの人が天恵を授かったのだろうか。

目を奪われたあの恩寵の光。あの人はどんな天恵を授かったのだろうか。

宴席の最初の頃はどこもかしこもその話題で持ちきりだったから、噂程度なら自然と耳に入ってきた。

一際目立っていたのは上級職で、しかも特殊職業。

その位階ともなれば、まだLv1であっても上級貴族、伯爵に準ずる待遇を受ける。

伯爵と言う事は、この交易都市を治めるケウルス伯爵と同格と言う事だ。

恐らくはこの宴席には居ないだろう。儀式の後は別室へと通され、祭主や伯爵から歓待を受ける。

そして後日王都へと向かい、国王陛下から直々にお祝いのお言葉を賜る筈だ。


上級職だとこの交易都市の規模で年に1人か2人。国全体で見れば、毎年70人位はその位階の天恵を授かる。だが、更に特殊職業ともなれば王国全土でも年に1人程度。

得た天恵にもよるが、将来は軍を率いるかも知れないし、もしかしたらいずれかの王族の伴侶になるかも知れない。いずれかの英雄と共に偉業を為すのかも知れない。

上級職の天恵を授かると言う事は、そう言う事だ。

だが俺は、最下級の職業ですら得る事は出来なかった。


カレンの寝顔を覗き込む。もしかしたら、カレンにはまた違った道があるのかも知れない。

天恵を得られなかったとしてもカレン程の器量だ。きっと引き手は数多だろう。

良き伴侶を見つける事が、カレンにとっての幸せかも知れない。


そんな考えが何度も頭をよぎる。

ふと気がつけば辺りの喧噪もすっかり静まり、空が白み始めていた。


「だが、それでも俺は歩み続けるんだ...」


カレンと誓った未来の為に。


「ん、なぁに?」


俺の声で目が覚めたのだろうか。寝ぼけているのか少し甘えた声で、そうカレンが俺に尋ねた。


「う~ん、」


カレンがゆっくりと上体を起こすと背伸びをする。


「何でも無い。これから、頑張らないとなって思って。」


「そうだね。頑張らなくちゃだね。でも、これからどうするの?ジークさん達みたいにギルドに加入する?」


「それが最善だと思うけど、まずは親父達にはちゃんと報告に戻ろう。」


天恵を得たならその時は魔物狩りギルドの門を叩き、より上の位階を目指す。そう親父達には宣言をしてきた。だが、残念ながら天恵を得る事は出来なかった。

弟や妹達の事もある。俺とカレンはいずれも長子だから弟妹達に先を示す為にも、まずはちゃんと家族に報告して後の事はそれからだろう。それがきっと自分なりのけじめになるんじゃ無いか、そう思った。


「でも、カレンはいいのか。このまま俺と一緒で。」

「何を馬鹿な事を言ってるの。ずっと一緒に居るって、言ったでしょ。」


そう言って、カレンは優しく微笑む。


「そうだな、ありがとう。その、カレンも天恵は授からなかったんだろう?」


「...そうよ。残念だけど。だから、また二人でこれから一緒に頑張りましょ。」


そう言ってカレンは俺の背中を思い切り良く叩いた。パンっと大きな音が響く。冷えきった身体に思った以上にその激励は響いて随分と痛かった。

カレンはハッとして、申し訳無さそうに御免ねと言って俺の背中をさすってくれたが、その余韻はしばらく残っていたのを覚えている。


その後、俺達は宿へと引き上げた。

宿に帰ると1階の酒場では、そこかしこに酔い潰れた宿泊客がテーブルに突っ伏したり、床に寝そべったりしていた。

外では至る所に露天が出ており、無料で食事や酒も振る舞われている。

恐らく大半の人は外で年越しを祝い酒を酌み交わしたのだろうが、こうして宿で飲んでいる人達も少なくは無かった様だ。もしくは外ですっかり出来上がってから宿に引き上げて飲みなおしたのかも知れないが。

飲んでそのまま酔い潰れようと思えば、外よりは中が格段に暖かいし安全ではある。


酔客をさっと見渡すがジーク達は居ない。まだ何処かで飲んでいる可能性もあるが、何時も通り部屋へ引き上げたのならもう日も明けた位の時間だから、早ければ起きているかも知れない。

厨房で朝食の仕込みをしていた主人に声を掛けると、ジーク達の部屋に行き戸を叩く。


少し待つと中で人の動く気配がする。程なくしてアリスが顔を出した。


「お早う、ごめんなさいね。一応年が明けてしばらくはあなた達の帰りを待っていたのよ?」


「いえ、朝早くからすいません。先ほどまで神殿に居たので。まだ寝てる時間かなと思ったのですが、まずはご報告と思って。」


「そうね、支度をするから下で待っててくれる?」


先ほどの光景を思い出す。もうじき朝食の時間だが、酒の臭いが充満する酒場で話をしようとは思わなかった。


「下ですか?酔いつぶれた客で一杯でしたよ。」


「あー、そうねぇ。それじゃあアイクの部屋で待っててくれる?まずはそこでお話をしましょう。ジークも起こすから少し待っててね」


「解りました。」


この衣装も着替えた方が良いかな。折角の衣装だが、そのまま着て過ごすには少々派手派手しい。


「カレンはどうする?」


「顔位は洗いたいかな。それに、服も着替えたいし。」


「じゃあ、後で俺の部屋に集合だね。」


「寝てないんでしょう、大丈夫?」


宿に戻って身体が温かくなったからか、一気に眠気が俺を襲う。

気を抜くと寝てしまいそうだ。部屋に戻ったら、まずは顔を洗う事にしよう。


「眠いと言えば眠い、俺も顔を洗えば何とか。ジーク達と話をしたら、昼位までは寝るよ。」


「何だったら、私もご一緒しましょうか?」


からかうように、何時もとちょっと違う口調でカレンが言う。


「さすがに、こんな時間からは気恥ずかしいかな。」


「何を言ってるのよ。私も一緒に寝直すだけよ。それとも、何か想像した?」


そうからかわれるが、成人をした今となってはカレンと一夜を過ごしても誰にもはばかる事は無い。いや、もうすっかり朝だが。

とは言え、確かに成人して早々と言うのも余りに端的な想像だとも言える。少々眠気が過ぎて思考が鈍ってるらしい。


カレンにそう突っ込まれて、一気に顔が赤くなるのを感じる。


「でも、折角だからカレンとご一緒したいかな。」


「馬鹿。」


俺も負けじとカレンをからかう。カレンも恥ずかしいのか顔が赤くなった。


「じゃぁ、ひとまず後で合流で。」


ジーク達の部屋とはさほど離れては居ないから、早々にカレンと別れると手早く身支度を調えた。

結局、一緒に寝直すかは言質は取れなかったが、後で改めて誘ってみても良いかも知れない。

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