第6話 魔物狩り

スピーナは町の中央に東西、南北に走る主要な通りがあり、格子状に道が張り巡らされている。


北は貴族街。交易都市自体は緩やかな丘の上に建設されていて、南北にやや長く南側に緩やかに広がる台形をしている。

領主の館は丘の一番高い場所に建造されている。その為、一見すると城にも砦にも見えるその館は、町の中なら何処からでも見ることが出来た。

そして行政機関、貴族の住む屋敷が北部に軒を連ねている。

南に下るに伴い街は緩やかに広がっており南側には雑多な町並みが広がっている。


街の中央を走る交易路が交わる中央の広場には、目立つ建物が2つ、北東と南西にそれぞれ居を構えている。

北東側にある、一際大きく荘厳な建物がスピーナの中神殿。領主館を除けばこの町最大の建造物は、これでも神殿としては中規模らしい。

そして広場を挟んで南西側に建つその建物こそが、魔物狩りギルドである。



高さは4階建て。建物は広場から見ると一段高く建てられており、5段の階段を上がるとエントランスがある。エントランス部分は奥行きで5m程、左右に20m程はある。入り口は扉は無く常に開放されていて、中はエントランスよりも更に広くなっている。

左手奥には受付カウンターがあり、今も引っ切り為しに人が出入りをしていて大半の人はカウンター前へと流れていく。受付カウンター前には並んでいる人も多い。


右手側はギルド運営の酒場になっている。テーブルと椅子が並んでいて、右手奥には酒場の厨房とカウンターが見える。

日が昇って結構な時間が経つがまだ昼には早い。そんな時間だが食事をしている人も居れば、こんな早い時間から酒を交わしている一団も幾つかある。

ここが、この地方の魔物狩りの拠点であるギルドだ。


ジークに連れられてギルドへと入る。

ジーク達は既に現役を退いているし、俺達も今の所受付カウンターに用は無い。折角だからと酒場へと足を向ける。

こんな見通しの良い場所では、落ち着いて食事が出来る気がしないが、打ち合わせや狩りから帰ってきてまずは一杯引っかけるには丁度良いらしい。

何より、メニューが意外にも揃っている。とりあえず腹さえ満たせれば良い人向けの安価な定食から、驚くほど高い酒まで並んでいる。


俺達が空いているテーブルに座ると、すかさず給仕係の女性がやってくる。


「いらっしゃい。ご注文はお決まり?って、誰かと思えばジークじゃ無い。久しぶり!」


「お、セリカ、まだ居たのか。良い男はまだ捕まらないのか?」


歳は20代半ば位か。顔は美人と言う程では無いが、笑った顔は人受けをしそうではある。

ジークの軽口に豪快な笑い声をあげる姿を見ると、少々人を選ぶかも知れないが。


「これだけの美人に声を掛けようって御仁が中々現れてくれなくてね。」


「いやいや、俺で良ければ何時でも相手になるぜ!」


隣のテーブルからそう野次が飛ぶ。


「お前さんじゃ、あたしのお眼鏡にかなう日は来ないよ!」


そう言って、豪快に笑い飛ばす。


「相変わらずだな、元気そうで何よりだ。軽めの酒と摘まみを頼む。」


「はいよ。アリスも元気そうで。今回はこの子達の引率かい?」


「そうよ。今年はうちの村からこの二人が成人の儀を迎えるの。まぁ前祝いって奴ね。」


「ふーん、ギルドで前祝いも無いと思うけどね。軽めでいいのかい?」


「夜は金鶏亭に行こうかと思ってるからな。」


「なるほど、かしこまりました!」


かれこれ10年はギルド所属だっただけはあり、給仕の女性とは気心が知れている様だ。

先ほど野次を飛ばしていた人達もジーク達とは昔からの知り合いらしい。

他にもジークを見かけた顔馴染みが次から次へと声を掛けて来る。皆一様にジークとアリスが変わらずの仲で有る事を祝福し、お互いの無事を喜ぶ。

言葉遣いは粗野な部分もあるが、基本的に人情味のある好人物ばかりだった。


ジークとアリスの様にいずれかのタイミングで引退をする者も居るが、どちらかと言うと少数派だ。

魔物狩りは金になる。特定の相手を作らなくても交易都市なら神殿が経営する公娼館が有り、一夜の相手を得る事は簡単だ。

死と隣合わせではあるが、旨い食事と旨い酒、無聊を慰める一夜の相手が居れば戦いの疲れは癒やされる。そして疲れを癒やした後は新たな戦いへと身を投じる。

享楽的な生き方だとも思うが、悪神の眷属を狩る事も生を謳歌する事も善き行いとされている。そして、稼ぎの種は尽きる事は無い。


ジーク達は、元々神殿で結婚の儀式を受ける事が目的であったから、その為の資金は貯蓄に回していた。それでも必要な資金を蓄える為には10年の月日を要した。決して慎ましい生活とは言えなかったし、そもそも儀式の順番待ちが長くてそれもあって結構な年月を要したそうだ。


中級職以上であれば、大きな手柄を立てれば正式に貴族位を得る事が出来る。そうなれば自ずと魔物狩りを引退してより高位の貴族に仕えるなど、国政に携わる事になる。

そうしたきっかけがあって引退でもしなければ、死ぬまで魔物狩りを続ける事も少なくない。


ジークの顔馴染みの手柄自慢や、苦労話を摘まみに楽しい時間を過ごす。

残念ながら成人の儀式を控えているので酒は薄めたものだが、果実を搾ってあるのか口当たりは良く美味しい。

この時期に手に入る果実など決して安くはないだろうが、そこはジークにお任せだ。


ギルドを後にすると、一通り街を案内して貰った。

夜はジークのすすめで金鶏亭で食事を取る。

現役時代、実入りが大きい時はもう少し格上の店を利用する事もあったそうだが、村の人達が集めてくれた旅銀では限りが有る。

それでも、普段の生活から比較すればこの金鶏亭でも、高級である事は間違いが無い。


4人で、美味しい食事を満喫する。

魔物狩りは比較的稼ぎが良くこうした店を普段使いする人も多い。高級な店と言っても、こことは違う貴族ご用達の店でも無ければあまり礼儀や服装に拘る必要は無いらしい。

店を見渡して見ても、比較的上品な服装をしている者も居れば、明らかに魔物狩りと思しき井出立ちの人も居る。俺達と同じ様に成人の記念に訪れたのであろう同じ位の年格好の客も多かった。


店の格が上がれば貴族と出くわす可能性も増える。貴族と言えども、素行の良い者ばかりでは無い。若干の不安が無かったと言えば嘘になるが、幸いな事にそうしたトラブルも無く、俺達は楽しい時間を終えると金鶏亭を後にした。


宿に戻ると、まだ時間は早いが部屋に引き上げる。


ジーク達はもう少し飲むらしいが、俺とアリスは明日からが本番だ。しっかりと休んで鋭気を養う事にしよう。



MEMO


神殿で執り行われる儀式は多い。

代表的なものは結婚の儀式、身分継承の儀式、最も最上位の儀式は王権継承の儀式である。神殿以上には善なる神の9柱全てが祭られているが、神殿における主神は大地母神の為、結婚の儀式の頻度は非常に高い。

毎日の様に何某かの儀式が執り行われているので、単純に寄付金を納めたからと言って儀式を受けられる訳では無い。その為、下級貴族では身分継承の儀式を受ける事は一般では無い。


慣例的に身分継承の儀式は王都でのみ行っているが、人口1万以上の都市に建設される中神殿以上であれば行う事は可能である。ただし、貴族位の継承は王都の貴族院に届出が必要な為、王都で受ける事が一般的だ。

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