第4話 恩寵

そろそろ見張りの交代の時間だとジークと話した事は覚えている。

見張りの一番手は俺とジークだったが、そんな話をしている合間に気がついたら寝てしまっていた様だ。思ったよりも疲れが溜まっていたのだろうか。

 

「アイク、起きろ。」


強く肩を揺さぶられ、抑えてはあるが凄みのある声に意識が一気に覚醒する。

手元にある剣のありかを確認し引き寄せる。


「敵襲ですか?」


周囲にさっと視線を巡らせると、カレンが武器を構え周囲を警戒しているのが見て取れた。アリスの姿が見えない。


「解らないが、気配はする。まずは気を引き締めろ。」


奥の茂みから、殆ど音を立てずにアリスが姿を現す。

最下級職とは言え歴戦の狩人だ。気配や音を消して移動する事など、アリスにはお手の物だった。


「ゴブリン。数は3。」


アリスは言葉少なにジークに報告する。


「頃合いだな。もうすぐ夜明けだ。ここで撃退して、移動を始めよう。」


ここは比較的森の浅い部分で、上を見上げれば木々の合間に薄らと白み始めた空が見える。もう半刻もすれば夜が明けるだろう。夜が明ければ悪神の勢力は気勢が弱まる。


既に焚き火には砂が掛けられ、目立たなくなっている。さすがに夜中に明かり無しでは、浅いとは言え森の中では満足に動けないだろう。が、これ位の明るさがあれば問題は無い。


程なくゴブリンどものぎゃぎゃと言った声が聞こえ、気配が近づいてくる。

俺とカレンは一歩下がって準備万端、直ぐに対応が出来る様に剣を構える。

緊張は嫌が応にも高まるが、ジークとアリスには気負った様子は見て取れない。


「伏兵の気配は無い。たまたま遭遇した一団だろう。近くに群れがある可能性はあるが、森にはそれらしい痕跡はないし今日も移動尽くめだからな、一気に距離を稼げば問題は無いだろう。」


「俺とカレンは?」


「万が一も無いが伏兵にだけ警戒して後ろに控えてろ。」


獣を狩っても祝福は得られない。悪神の眷属を倒した時にだけ、祝福を得る事が出来る。

祝福を得る事によりレベルが上がると能力が強化されるが、どれだけ成長出来るかは身分や天恵によって大きく差が出る。その為、成人の儀を終えるまでは祝福を得ない事が推奨されている。


俺とカレンも狩りに帯同して、狐や大きい獲物だと熊を狩った事もある。勿論一人では無く、大人達の手助けを借りてだが。

それでも止めは自分の手で刺したし、その時の感触だって今も鮮明に思い出せる。

だが、魔物をその手に掛けた事は無い。


そもそもゴブリン3体で伏兵も居ないのであれば、よほどレベルが高くてもアリスなら簡単に近付く前に仕留められる。

こうして俺達に見える場所で迎え討つのは、俺とカレンに経験を積ませようとの師匠としての親心みたいなものだろう。



しばらく身構えていると先ほどアリスが出てきた茂みとほぼ同じ場所から、ゴブリンが3体飛び出してくる。

2体は粗雑な木の棒を振りかざし、それよりもやや大きめのもう1体は小ぶりな斧を振りかざしている。

斧を持ったゴブリンともう1体が、手近にいたジークに飛びかかる。もう1体は回り込んでこちらに飛びかかろうとしたが、アリスが間に素早く分け入ってくれた。


「アイク、カレン、良く見ていろ!」


ジークはようやく腰の剣を抜き放ち、ゴブリン共を迎え撃つ。

アリスは、対峙したゴブリンを一瞬のうちに隠し持った短剣で仕留めた。何時短剣を出したのかは暗がりとは言え気付けなかった。残り2体はジークに執拗に手にした獲物で殴り掛かっている。


幸いな事に俺達の開拓村に高位の魔物が襲って来た事は今までに一度も無い。ゴブリン程度の最下級の魔物であれば何度か出現した事はあるが、自警団で片付く相手に俺達が狩り出される事は無いし、修行の一環だとしても生死が掛かった戦いの場に連れて行ける程余裕がある訳でも無い。


故に、魔物を間近に見たのはこれが始めてだ。


ゴブリンの位階は下級。レベルが噛み合えば平民でも倒す事は可能である。

だが、俺もカレンもレベル0。ゴブリンのレベルは解らないが、簡単に俺達の命を刈り取ってしまえるだろう。

ゴブリンの姿は知識としてはある。全身緑褐色で背丈は真っ直ぐに立てば成人の胸位。背骨は丸まった極度の猫背で実際の背丈は更に低く見える。一見すると子供と同じ位の背格好だ。だが背中と肩は大きく盛り上がって居て、腕も不釣り合いなほどに太い。その力は成人と比較しても格段に強い。手に持つ獲物は粗雑な棍棒であっても、その膂力から繰り出される棍棒の一撃は平民なら容易に命を刈り取る程だ。

耳はやや尖って鼻は大きいが潰れて丸まっている。そして顔は油ぎって吹き出物が無数に有り、頭髪は薄い。非常に醜悪で、そして兎に角臭い。

最下級のゴブリンなら、それ以外の装備と言えば精々が良く解らない獣の毛皮を辛うじて腰に巻いているだけである。


だが、悪神の加護を身に纏ったその姿は、例え下級とは言え普通の獣とは一線を画す。

確かに熊を狩った時も命の危険を感じたし恐怖も感じた。だが、今回のこれはまるで違う。

生命を脅かす存在に対する恐怖だろうか、身が竦み我知らず足が震えそうになる。だが、湧き上がる感情はそれだけでは無い。魂に刻まれた明確な敵を前にした怒り、そう呼べる衝動も、僅かながら心から湧き上がっていた。

恐怖と怒りがせめぎ合い、段々と心が落ち着いてくるのが解る。次第にジークの動きが冷静に見える様になってきた。


祝福による能力の強化は、多少のレベル差では素早さや剣の動きに目に見えて変化が起こる訳では無い。

勿論、ジーク程ともなれば身のこなしは格段に異なる。それでも、ゴブリンの棍棒や斧を剣で捌くジークの太刀筋は素早いが、注視していれば目で追えないスピードでは無い。


「こんなもんか。レベルは思った程では無いな。」


ジークの動きに余裕があるのは見て取れる。どう転んでも、ジークがそのゴブリンに殺られる未来は見えそうに無かった。


「よし、アイク、カレン。良く見ておけ!これが神の恩寵だ!」


棍棒を持っていたゴブリンは、腰が引けているのが見て取れる。反転して逃げようと一歩後ずさった所を、アリスが投げた短剣が眉間に刺さりあっさりと事切れる。


もう1体のゴブリンが怒りの咆哮を上げると、斧を大きく振りかぶった。そして振り下ろされる斧を今度は剣で捌こうとはせず、無防備に肩口で受け止める。


横できゃっと、カレンがたまらず声を上げる。

だが、ジークを切り裂くかに見えたゴブリンの斧は、見えない何かに阻まれる様に肩口で止まっていた。


神の祝福による能力上昇の恩寵は、敵を討つ攻撃と、敵の攻撃を阻む防御に最も顕著に現れる。

悪神の勢力を滅ぼす為に与えられた恩寵だからだろう。今目にしている様に、レベル上昇により与えられた防御力は、格下であれば生身でもその攻撃を容易に阻むほどの堅牢性をもたらす。


まるで分厚い金属を叩いたかの様に、見えない何かに叩き付けられた斧はガン!と鈍い音を響かせ火花が飛び散るが、しかしジークを傷つける事は叶わない。


そのゴブリンも、ようやく相対するジークが明確に格上で有る事を理解したのだろう。顔に恐怖を滲ませると一歩後ずさる。

戦意を喪失したのであればこれ以上見るべき事も無い。ジークは剣を翻すと一瞬でゴブリンを上下2つに切り分けた。


死んだゴブリンからジークとアリスに流れ込む何かを感じる事が出来る。これが祝福だろう。

直接では無いにしろ、ゴブリンを倒した事による高揚感で満たされる。

だが、まだ旅は半ばだ。カレンと手を打ち鳴らせ喜びを噛みしめると、ジークに叱責され足早に3日目の旅を始める事になった。


それから先は大きなトラブルは無かった。3日目の昼位に2つ目の開拓村を通り過ぎ、夕方遅い時間に3つ目の小神殿が建設されている開拓村に辿り着いた。


因みに、開拓村同士は立地条件もあるので一概には言えないが、大体日中歩けば隣村に着く位の距離に建設される。

2日目が野営になったのは、2つ目の村と通り過ぎた3つ目の村の間に昔はもう1つ開拓村があったが、10年程前に魔物の襲撃で壊滅し、今は森に飲まれてしまった為だ。

魔物が集中して出現する淀みは、比較的同じ様な場所に発生する事が多い。また、何故かその周辺は森の育成が早くなる。その為、開拓村の跡地は放棄され、僅か10年程で森に飲まれたと言う訳だ。

裏を返せば、森が浅いと言うこ事は比較的人の居住に適している証左でもある。


開拓村はその実績を認められ、ある一定以上の人口を要すると小規模な神殿が建設される。

その後神官が赴任し儀式を行う事により、正式に善神の領域として認められ町へ昇格する。

昇格したタイミングで、その町に10年以上居住実績がある成人であれば新たに市民権を得、身分が市民へと上がる。これは、町への発展を支えた住民に対する神の恩寵である。

その際、市民は基本スキルとして専門技能を獲得出来る。

専門技能は様々だが、主にそれまでにその人が従事した仕事や得意な技能が専門技能化し、神の恩寵としてのスキルを得る事が出来る。

専門技能は、家事、交渉、商取引、目利き、鍛冶、木工、農耕等。専門技能の恩恵もまた顕著で、スキルを獲得した分野においては突出した実績を残す事が多い。そうして町は更なる発展を遂げる事が出来る。


人類の生存権を広げる事も、発展させる事も共に善なる神の尖兵としての戦いだ。そこに身分の貴賤は存在しない。


3日目に宿泊したその開拓村は町への昇格を目前にし、間もなく新年を迎える事もあって沸き立っていた。だが、町への昇格儀式は来年以降になるそうだ。

泊まった宿の主人が、長男が成人の儀を迎える為に既に旅立ったそうだが、年子の次男は翌年。いっそ街への昇格がもう少し遅ければと愚痴を零していた。

親が市民以上の身分であれば、長子は成人の儀により無条件に親の身分を授かる事が出来る。

今年の成人は親の身分が平民の為、長男は天恵を授からなければ身分は平民だが、来年の街への昇格で市民の身分を得る。

だが次男は昇格の後に成人を迎える為、身分は平民のままとなる。



例えば長子が成人前に死去した場合は成人の際の身分継承は行われないが、貴族であれば大都市の中神殿以上であれば爵位継承の儀を行う事により長子に限れば身分を継承する事が可能だ。

とは言えどんな身分でも天恵を授かる事が出来るかは全ては神の思し召し次第。


膨らむ期待と同じ位に膨れ上がる不安を押し殺しつつ、俺達は予定通り4日目に交易都市へと辿り着いた。



MEMO


村 祠

町 人口1000人以上 小神殿

都市 人口10000人以上 中神殿

大都市 人口10万人以上 大神殿

※王権を持つ者が人口1万以上の町を王都と定めた場合は、大神殿へ昇格する。



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