第3話 身分と天恵と転職と

パチッ


焚き火にくべた枝が爆ぜる音がする。

村を旅立って2日。今の所道のりは順調だ。

1日目は途中の村で1泊をした。

次の村まではもう少し距離があるので、今晩は野営だ。


明かりに魔獣が引きつけられる可能性もある。だが、野の獣は火を恐れるし今の時期は暖を取らねば命に関わる。

俺たちは夜目が利かないが大半の魔獣はそうでは無い。むしろ魔獣と戦うのなら明かりは必要になる。

低灌木に囲まれた場所を選び、焚き火は土を軽く掘って一段落としているので、少し離れれば遠目から焚き火の明かりを見つける事は難しい。


4人、焚き火を囲み干し肉を囓る。

冬の肉は貴重で、皆が持たせてくれた干し肉はかなり上等な部類に入る。

水筒の水で喉を潤しながら、少しずつ肉の味を噛みしめる。

狩りの仕方や野営の基本的な知識は学んでいるが、村を出た事も初めてならこうして村の外で野営をする事も初めてだ。


移動の最中であれば、先達の二人から旅や狩りの心得を教えて貰う事もある。

村の外に出る事は初めてだから、旅を通して学ぶ事も知る事も多い。先達の2人は成人の儀の思い出話も聞かせてくれた。

だが日が沈み早々に野営の準備をすると、賑やかだった様相は一変し皆必要最小限の言葉しか交わさなくなる。


1日目は、村で寝床を借りる事が出来たが、成人の儀を控えた旅の道中ともなれば気が高ぶって満足に寝られなかった。

2日目の今日は日中色々な話をしたが、日が暮れる頃にもなるとずっと気が張っていた事もあり、旅の疲れもあってか口数もすっかり少なくなっていた。

簡単な夕食を終えると、見張りの順番を決め順に寝床に付く。

見張りは1番目が俺とジーク、2番目がカレンとアリス。カレンとアリスは防寒着にしっかりと包まり、早々に横になると寝息を立て始めた。


ジークとアリスは夫婦で自警団に所属している。2人は成人の儀に天恵を得る事は出来なかったが、それぞれ長い狩りの経験を経て戦士と狩人の職を得たベテランだ。

うちの開拓村に来たのは5年位前。職を得た事を機に定住する為、うちの開拓村に移って来たらしい。


人は産まれながら、産まれに応じた身分を持つ。俺達なら平民。

親の身分によっては市民以上の身分を得られる。長子相続が神の原則であるため、長子とそれ以外では明確に差が出る。


魔獣を狩ると、神の祝福を得る事が出来る。

そして一定の祝福を得ると、レベルが上がる。

産まれた時はレベル0。このレベルが上がる事により、より強大な力を得る事が出来る。

ただし、成長の度合いは身分や職業により大きく差が生じる。

レベルが上がる程に次のレベルに必要な祝福は増えるし、上位の身分や職業程、同じく必要な祝福が増える。

そして、積み重ねて来たレベルが一緒なら必要な祝福は同じである事もこれまでの研究で知られている。


つまり、平民でLv10迄あげて戦士の天恵を得た場合、戦士レベルを1から2へ上げる為には戦士のレベルを加えた累積Lv11の祝福が必要になる。

産まれのLv0で戦士の祝福を得た場合、Lv1となる。そしてLv10まで上げた場合と次のレベルに必要な祝福は同じ量になる。

この時、平民でLv10まで上げて得た成長と、戦士としてLv10まで上げて得た祝福による成長には、大きな違いが出る。

その為、比較的最近では天恵を得る可能性がある成人の儀を終えるまでは、魔獣を狩る事は忌避されている。

産まれついてのLvは0だが、成人の儀を終えると天恵を得たか否かに限らずLv1になる。これは神の祝福によるものだとも、厳しい成人の儀を終えたからだとも言われている。


因みに長子であれば、天恵を得られなくても神の祝福により親の身分を引き継ぐ事が出来る。


そう言う訳で、旅の道中俺とカレンは魔物に襲われた場合でも基本的には手を出さない。ジークとアリスが対処してくれる手はずになっている。

それでも敵の数が多くてジーク達の対処が間に合わない可能性もある。その場合は自分の身は自分で守られる様、常に警戒を怠ってはならない。

まぁ、ジーク達の手が回らない様な状況になれば、俺たちでは為す術も無いとは思うのだが。


転職や位階上昇により職業や身分が変わった時は、神の恩寵により成長を体感する事が出来るため直ぐに解るそうだ。

自身のレベルは神殿で知識の探求神に祈りを捧げれば啓示により知る事が出来る。

また、賢者系や斥候系の職業だと相手の強さを計るスキルがある。

そのスキルを使えばレベルの確認ができる為、祝福を得る事によりレベルが上がる事は広く知られている。


天恵を得る事が出来なかった場合でも、祝福により一定レベルまで上げる事で職業を得る事が有る。これを転職と言う。

平民なら戦士か狩人か癒やし手。神の恩寵により市民へと身分が上がる事もある。身分が上る事や職業が上の位階に上がる事を昇格と言う。


市民が同様に転職をする場合は民兵、斥候、神官の職を得る可能性がある。

ただし、平民から市民を経て職業を得る事は市民が職業を得る事よりも非常に難しく、殆ど例が無い。これは前述のレベルが関係している。


転職が出来るのは、それぞれの身分、もしくは職業でレベルを20まで上げた時。そしてレベルが上がる為に必要な祝福の量は累積のレベルに応じて加速度的に増えていく。

平民Lv20→市民Lv20→剣士Lv1になる為には、累積レベルで41Lv分の祝福が必要になる。

市民Lv20→剣士Lv1なら、累積レベル21Lv分で良い。

天恵を得られなかった平民は、市民になるか職業を得る事が事実上の到達点であるが、そこに至れるのさえ一握りの狭き門である。

その為、多くの平民は開拓地で善神の領域を広げる為の尖兵となるのである。


とは言え、天恵を得るチャンスは誰にでもある。皆いつか天恵を得る為に幼少の頃から剣の腕を磨き勉強をして知識を身につける。

天恵を得られなくてもその経験は無駄にはならない。天恵を得られなかった平民は大半は開拓民や農民となるが、知識や技術がある者は都市部で職を得たり、魔物狩りになる事が出来るからだ。


ジークとアリスは、天恵こそ得られなかったが身に付けた技術を活かして魔物狩りとして10年も戦っていたらしい。

最下級の魔物を討伐したり、時には中級や上級の魔物狩りの側付きや支援として狩りに同行して祝福を得る。

10年掛かって、ようやく得た職業が戦士と狩人であった。だが、そこから先に進むのは難しい。

子を産み育てる事も善き行いとされる。二人はそれを機に正式に結婚し、開拓村で職を得て定住したと言う訳だ。

その後、5年掛かってもレベルは1つも上がってはいないらしい。

実際に確認した訳では無いが、レベルが上がると明らかに身体能力に差が出るので、直ぐに解るそうだ。


平民から戦士へと至ったジークだと、戦士Lv1だが累積Lvだと21になる。

例えば平民のLv1とLv10なら、格段に能力に差が出る。

ジークは平民から戦士へと至ったので、戦士Lvだけで見るとLv1だが、それでも俺らと比べると雲泥の差があった。それは天恵を得た事による能力への恩寵も大きいが、平民のレベルが20へと至るまでに積み上げて来た恩寵もあるからだ。ステータスの差は大きい。俺でもこれ位は出来るぜと言って、道端にある岩を砕いて見せてくれた。

そんなジークでも、成人の儀に天恵を授かった戦士職と比べると、容易に差が付くらしい。最初ころ平民として積み上げたステータスがあるが、戦士Lv1からレベルを上げる事は困難だ。最初こそジークがステータスで上回るが、戦士職のレベルが上がればLv10を超える頃にはジークのステータスを軽々と上回る。


それ程までにレベルと職業すなわち天恵の差は大きい。


悪神の勢力に対抗する為、人々はより上の身分、より上の職業を得る事が求められる。

人は産まれながらに両親の1つ下の身分を得るし、長子であれば天恵を得られなくても成人をすれば親の身分を継ぐ事が出来る。

嫡子では無くても、貴族であれば子は市民以上の身分を得る事が出来る。

また、嫡子が成人前に不慮の事故等で無くなった場合等に限り、長子で無くても継承の儀を行う事によって爵位を引き継ぐ事が出来る。


貴族が授かる恩寵は大きい。子がおらず爵位を引き継げない事は、明らかな損失である。その為、例外なく上の身分の者は子を為す事が必要とされるし、より上の身分である程その傾向は顕著になる。

国王であれば子を設ける事が仕事と言って憚らない者も多い。

また、身分や神の恩寵によらずとも個人の優劣も明確に存在するし、優秀な親から秀でた子が産まれやすい事も周知の事実だ。そして能力の優劣に男女の別は無い。


正式な結婚をするには神殿で儀式を行い神に認められる必要があるが、その人数に制限は無い。

その為器量が良ければ男でも女でも上の身分から声が掛かる事がある。これをお声掛かりと言い、平民や市民では推奨する風潮も根強い。


ジークとアリスも、美男美女と呼ばれる部類の人物だ。

ふと思い立った俺は、ジークに聞いて見た。


「二人位の器量なら、お声掛かりは無かったんですか?」


「俺らは、お前達と同じ幼馴染みって奴でな。子供の頃からお互いを男女として意識する存在だった。だから成人する頃には将来は二人でって決めてたんだ。」


俺とカレンが将来結婚しようと誓った仲である事は、村では周知の事実だった。だが、勿論不安はある。カレンは贔屓目を抜きにしても美人だ。村を出る時に旅装束に身を包んだカレンに惚れ直したのは記憶に新しい。


「勿論、そこは心配だよな。まぁお声掛かりなんて、早々ある訳じゃない。成人の儀式を受けるのは交易都市だけで見ても結構な人数になるし、中にはそうした事例もあったと聞くが、それなりに接点が無ければ早々目に止まる事も無い。」


「じゃぁ、」


この心配は杞憂であったのか。お声掛かりは名誉な事だし、悪神に対抗出来る身分ある子を産むのは善き行いともされている。それでも、俺にはカレン以外と結婚する気は無いし、カレンが誰かのものになる未来なんて想像したくも無い。


ジークが焚き火に新しい枝を投げ入れると、程なくぱきっと乾いた音が響く。


「無い、とは言えないなぁ。だから俺達は二人揃って魔物狩りになる事を選んだんだ。」


それも良くある話ではある。

神殿で正式に結婚の儀式を行えば、相手が王族であったとしてもその契約を覆す事は出来ない。

神の契約を反故にする離婚や、不倫、不義密通は悪神の領域で忌避される。

相手によほどの瑕疵があれば離婚をする事は可能だが、それ以外では到底許される事では無い。

だが、神殿で結婚の儀式を行うには相応の寄付が必要になる。

それに、上の身分の者が下の身分の者を見初めるお声掛りは推奨されている。

その場合、正式に婚姻を申し出て神殿で結婚の儀式をする必要があるので、いたずらに手を出す事はないし仮にあったとしても非常に厳しいペナルティが課せられる。

正妻としては迎えられない場合でも、身分が下だからと冷遇される可能性はまず無い。

貴族同士になれば政治的な配慮も要求されるので、上の身分の者が下の身分の者に一方的に声を掛ける事は少ないと聞く。まぁそうは言っても器量が良ければ引き手数多だそうだが。それでも一方的に見染められて結婚を迫られる事は、早々ある事では無い。

だが平民や市民であれば、お声掛かりで本人の意に沿わぬ結婚を強いられる事も少なくは無い。

正式に結婚をすれば、神の祝福により相手との仲が深まり易くなる。結婚してから愛を育む事も多いと聞く。

そうは言っても、声掛けを行う様な身分ある者は奥さんや旦那さんが複数居る事が多いので俺にはちょっと想像が付かない。


ちなみに、貴族家の当主が女性で複数の旦那を持つ事も良くある話である。

種が複数有れば孕む可能性も増える。子供が出来ないのは母体だけが原因では無いのだ。

複数の男性と関係を持った場合に、誰の子供か解らなくならないのだろうか。疑問に思う事はあったが、正式に結婚した相手であれば誰の子を身籠もったかは啓示により直ぐに解るらしい。


そうしたお声掛りを避けたくば、善き神の信徒で有る事を示せば良い。魔物狩りとして魔獣を狩る事もそうだし、多くの子を産み育てる事もそうだ。

魔物狩りは最下級の身分であっても悪神の勢力と戦う急先鋒なので、評価は非常に高い。まぁ命を落とす可能性も非常に高いのだけど。

もしくは、正式に神殿で結婚の儀式を行うかだ。神に認めれた夫婦関係は何者にも覆せない。

そしてジークとアリスは剣の腕に覚えがあったから、魔物狩りの道を選んだ。そう言う事だろう。


そして二人は無事10年を生き抜き職業を得、定住する事を選んだ。残念ながら、子供には未だ恵まれないが、永らく悪神の尖兵と戦ってきた二人に後ろ指を指す者は居ない。



MEMO


位階は★で表される。鑑定スキルによって確認が可能。

レベルは都市以上、神殿でキーエンス神に祈りを捧げれば自分のレベルに限っては確認が出来る。


人と魔物とでは位階毎の呼称が異なる。


位階  人     魔物

★1 最下級   下級

★2 下級    中級

★3 中級    上級

★4 上級    最上級

★5 最上級   厄災級

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