第2話 旅立ち

ゴブリンジェネラルの襲撃から、時はしばし遡る。

国ではほぼ例外なく、年末の昼から新年に掛けて、最寄りの神殿で成人の儀が執り行われる。


満年齢で13歳になる子は、その年の始めに成人の儀を経て大人への仲間入りを果たす。そして一部の人々は、その儀式により天恵を授かる事がある。


天恵は、まさに神の恵みである。

悪神の勢力と戦う為に、人々に与えられる神の恩寵であり福音である。


年の瀬になると、翌年13歳になる新成人が最寄りの大都市へと移動を開始する。

俺達の開拓村からだと、一番近いのは中神殿がある交易都市。移動には同じような開拓村を3つ経由して4日掛けて移動する。まぁ大都市に近いほど開拓村の規模は大きくなるので、交易都市に近い開拓村は既に村では無く町と呼べる規模ではあるのだが。


町と村の違いは、善神を祭る小規模以上の神殿があるか無いかだ。


神を祭る神殿の規模で言うと、一番小さい神殿が開拓村に最初に設置される祠だ。

小さな祭壇に、一般的には大地母神の神像が祭ってある。

開拓村がある一定以上の規模になると小さいながらも神殿が建設され、神官が派遣される。神官により儀式が執り行われ、正式に村から町へ昇格する。

更に規模が大きくなると、中規模な神殿が建てられる。中神殿には祭司が赴任し、様々な儀式を執り行う事が出来る様になる。

代表的な儀式が新年に執り行われる成人の儀、と言う訳だ。


交易都市まで最短で4日。余裕を持って移動をする為、新年を7日後に控えたその日、俺とカレンは村を旅立つ事になった。


俺もカレンも、この歳になるまでこの村を出た事が無い。

昨年は4人成人を迎えたが、今年は俺とカレンの2人だ。来年は一気に数が増える。無事に1年を過ごす事が出来れば来年は10人が新たに成人する予定だ。


この辺りの冬は比較的暖かいとは言え朝から霜が降りる中、井戸端で全身を清め身支度を済ませる。成人の儀の作法や手順は、何度となく頭に叩き込んだ。神へ捧げる祝詞の暗唱も問題は無い。

凍える様な井戸水で全身をくまなく拭き上げ、最近生えてくる様になった髭を手入れする。髪は昨日の夜、親父に手を入れて貰った。


本番は7日後とは言え、村を出発する日こそが村における俺らの晴れ舞台である。

家に戻ると村のみんなが用意してくれた一張羅が準備されていた。昨年狩られた熊の毛皮を鞣して誂えられた革鎧。そして真新しい片手半剣。片手剣と両手剣の中間程度の長さで、片手持ちには少々柄が長く片手持ち両手持ちどちらでも使える得物だ。

それらを身に付け、細々とした旅の道具と村の皆が用意してくれた儀礼用の衣装を背負い袋に詰め込んで装備を調える。


準備を整え家を出ると、一足先に準備を整えたカレンが家の前で既に待っていた。


旅立ちの日は、どの家にとっても特別な日だ。道中は自警団の手練れが護衛につくとは言え、4日の旅路は決して安全とは言えない。

また、成人の儀によって天恵を得た場合は、二度と村に戻れない事もある。それは大変名誉な事ではあるが、この旅立ちの日が今生の別れになる可能性もあるのだ。

何より、俺たちはそれこそを望んでいる。

故に旅立ちの前日からは家族と水入らずの時間を過ごす。

それはカレンも同様だ。家族ぐるみの付き合いではあるが、家族だけの時間は幼馴染みとは言え立ち入れるものでは無い。


「綺麗だ。」


昨日はそうして家族で水入らずの時間を過ごしたから、二日ぶりにカレンを見た俺が、思わず呟く。思えば今まで2日もカレンを見かけなかった日は無かった。それ位、共に過ごしてきた仲だ。


「馬鹿。あんたも格好良くなったじゃん?」


カレンも旅立ちの装束に身を固めた俺を見て、満更でも無い表情でそう褒めてくれた。

一昨日までは背中まで伸びた髪を結んで流していたが、今は肩口までの長さで切り揃えられていた。

身につけている装備は俺のものとそう変わりは無い。同じ熊から切り出された皮で作られたお揃いの革鎧。腰には俺のよりは幾分短めの片手剣。そして唇には薄らと紅が指してある。


殆ど毎日を一緒に過ごしてきた幼馴染みだが、その姿は何時もとは大分違って見えた。

まだ防寒着は羽織っておらず肌寒いからか頬が幾分赤い。それがより一層表情を引き立てていた。


しばらく見惚れて言葉が出ない俺、見つめ合う二人。


「二人とも一張羅に見惚れるのもいいが、そろそろ出発の時間だぞ」


俺とカレンは慌ただしく防寒着を着込むと、荷物を詰めた袋を背負う。そしてカレンの手を取り歩き始めた。

カレンの手は大分冷えていた。外は寒いのだから待つのなら防寒着を着込んでいれば良かったのだが、先の格好を俺に見せたっかった、かららしい。


村の集会所前で旅に同行してくれる二人と合流する。村の主立った者達がここに集まっている。


集会所前は開けた広場になっていて、そこに神を祭る祠がある。

祠の前で、村人一同が俺達の旅の安全を祈願してくれるのだ。

顔馴染みの面々に、軽く挨拶を交わしていく。


一通り挨拶が終われば、後は出発をするだけだ。


「新たに成人の儀へと望む為、我が村からアイクとカレンの二人が旅立つ事になった。善き神のご加護が二人にあらん事を。」


村長の言葉に従い、皆が祠に祈りを捧げる。別れは既に済ませて有る。

祈りが終わるといよいよ旅立ちだ。

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