デバックモードで俺は英雄になる。
髭
一章 デバックモード
第1話 始まり
ドーン!
村の方向から、大きな爆音が響き渡る。
それは自警団所属の魔術士が放った魔法であったのだろうか。だが、彼にはそれ程の轟音を響かせる程の魔法が使えるとは聞いた事が無い。ならば、あれはあの軍勢に所属するいずれかの魔物が放った魔法だろうか。
幼馴染みと繋ぐ手を握る力に一層力が入る。カレンと目を合わせ、頷く。
言葉を交わす事は無い、早くここから逃げなければ。
ぐぎゃぎゃ。。。
だが、無情にも俺達が進もうとした道の脇から、魔物の鳴き声が聞こえてくる。
息を飲み、身構える俺たちの前にガサガサと茂みをかき分けて姿を現したのは太い根っこごと引き抜いただけの木の棒。だが、容易に人を殺し得るであろう棍棒を持ったゴブリンであった。
善神と悪神との戦いは、歴史の遙か彼方。既に伝説と呼ばれる程の過去の事である。その戦いは神々の戦い、もしくは単に大戦と呼ばれている。
だがその戦いが史実であり今なお戦いが続いている事は、誰もが知っている周知の事実だ。
歴史や吟遊詩人が語る神々の戦いが史実であった事を示す事例は枚挙に暇が無い。
強大な力を持つ神々はその戦いの最中に、ある神は対立する神に滅ぼされ、ある神は封印され、ある神は力を失い、そうして現界に直接影響を及ぼす程の力を持つ神々は全て失われた。
それでも以降の歴史において神の系譜に連なる眷属神や下級神が顕現する事例は幾度もあり、それ以上に悪神の眷属である魔物は今なおこの世界に蔓延っていた。
善神の勢力に属する人々も、悪神の勢力と戦う為の加護を授かる。
天恵がそうだし、現存する国の大半の起源はかつての神々の戦いで偉業を為した英雄達である。そして、それら王族の権威を示す王権は、神により授けられている。
悪神の勢力を滅ぼす事こそが我々人類の使命であるが、長い歴史を経た今になっても善神の眷属である人類と、悪神の勢力との戦いは終わる事は無い。
俺たちの住む村を襲ったのは、それら悪神の眷属の中で見れば下位に位置する一団だ。ゴブリンジェネラルに率いられたゴブリンの軍団。
全体で見れば下位に位置するとは言え、それでも一団を率いるゴブリンジェネラルは俺たちの基準で言えば上級種に当たる。
村には1人だけ中級職である王国の行政官がたまたま駐在していたが、同じ位階と言っても多勢に無勢であった。
何よりも、大半の人々にとっては下級の魔物ですらも脅威である。力なき最下級の「平民」であれば尚更だ。
俺が住んでいる村は、何処にでもある開拓村の1つだ。
かつて神は人々に「産めよ、栄えよ」と命じた。勢力範囲を広げ、善神への信仰を広げる事。それだけが唯一、悪神に対抗する手段であると言われている。
王都や城塞都市であれば守りは堅牢であろう。だが、都市部に引きこもるだけでは最低限の食料を確保する事も難しい。
それに、豊穣や出産は善神の主神格の1柱である大地母神の権能である。
土地を切り開き、畑を耕し、子を産み育てる。日々の営みこそが神への信仰の証であり、善神の勢力を強める一助となる。
故に、人類は幾度となく悪神の勢力による多大な被害を受けながらも、開拓の手を緩める事は無かった。
開拓は、常に危険と隣合わせである。淀みは何処にでも生じるし、一旦淀みが生じればそこを基点に魔物が発生する。
開拓村は、常に魔物に襲われる危険性を孕んでいた。とは言え、それは開拓村に限った話では無い。何処にだって魔物は出現するし、人が多く集まる町はむしろ強大な力を持つ高位の魔物に狙われる事も多い。
結局の所、俺が住んでいる村が襲われたのは、何処にでもあるありふれた光景の1つだった。
俺と幼馴染みのカレンは家が隣同士。
親同士が同時期にこの開拓村に移って来た事や俺らが産まれた時期も同じだった事から、幼少期から家族ぐるみの付き合いがある。
まぁ開拓村の人口は200人程で皆顔馴染みであったから、皆家族ぐるみと言えなくも無いが。それでも俺にとって一番仲が良かったのがカレンであった事は間違いが無い。
俺達は最下級の平民である。
それでも、もしかしたら成人の儀に天恵を授かる事が出来るかも知れない。
いつの日か天恵を得、悪神の眷属を打倒する。子供であれば誰でも夢を見る英雄物語だ。
カレンと俺も例に漏れず、何時の日か名のある悪神の眷属を打倒する日を夢見て、幼少の頃から木の棒を振って剣の真似事をしたもんだ。
大きくなって農作業の手伝いをする様になっても、決してその手を緩める事は無かった。
農作業の合間を見てはカレンと一緒に木の棒を振り、ある程度大きくなると自警団の副団長に師事し、その手に握る獲物は何時の間にか木剣に変わった。
もしかしたら天恵を授かる事は叶わないかも知れない。それでも、日々訓練を続けていけば転職により職業を得る事が出来るかも知れない。
自警団には、そうした日々の訓練で職業を得た者が居る。師匠のジークがそうした内の一人だった。
自警団の一部が職業を得ているとは言え、位階としては最下級や下級。下位に位置するが、それでも開拓村付近に出没する最下級の魔物であれば十分に打倒する事が可能だ。
そうした人々が集まって作られるのが開拓村であり、そこでの日々の営みこそが、力無き人々の悪神の勢力との戦いの場でもあった。
辺境で魔物が発生し、開拓村が襲われる。ある意味、そんな当たり前の事件が起こったあの日。俺が【管理者】の天恵を授かったこの日が、全ての始まりだった。
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