毎日小説No.30 目指せ大食いチャンピオン! 

五月雨前線

1話完結

     

 『大食いタレント』や『フードファイター』がブームとなり、テレビ各局が次々と大食い番組を放送している昨今。膨大な量の食べ物を瞬く間に平らげるフードファイターの勇姿に、その少年は強く惹かれていた。


 少年の名前は米田こめだ大生たいせい。米田は小学3年生の時にその類のテレビ番組を狂ったように視聴し、やがて「必ず世界一の大食いチャンピオンになる」という野望を掲げるようになった。


 夢を見つけた米田はすぐに行動を起こした。食事の量を3倍にし、学校の給食では毎日欠かさずおかわりした。成長期を迎えるとともに胃袋もどんどん大きくなっていき、食べられる量がさらに増えていく。小、中、高と進学する中、米田は自身が着実に成長していることを実感していた。


 そして迎えた高校2年の夏。米田はテレビ局主催の大食い企画のオーディションに参加し、そこで異次元の成績を叩き出して合格を勝ち取ると、地上波のゴールデンタイムに放送される番組にも見事出演を果たした。高校生らしからぬ豪快な食べっぷりは視聴者の心を掴み、米田は現役高校生タレントとして人気を博した。


 米田は自身の大食い能力を誇りに思っていた。俺には大食いという特別な才能がある。俺なら絶対に最強の大食いチャンピオンになれる……。そう信じてやまなかった米田は、高校卒業後大学進学を拒否して芸能事務所に入所。人気タレントとして日々仕事をする生活が始まった。


 全国の大食いライバルと激戦を繰り広げながら、様々な企画、大会で優秀な成績を収めた米田。しかしそんな米田の前に、最強のライバルが現れてしまった。


 レイチェル祐也、25歳。スラリとした長身に整った顔立ち、ITエンジニアと大食いタレントの異色の二刀流。そして、他を寄せ付けない圧倒的な大食い能力。様々な魅力を兼ね備えた祐也はナンバーワン大食いタレントとしての地位を築いていたのである。


 米田は祐也のことを妬んでいた。あいつさえいなければ、俺がナンバーワンになれるのに。いつか直接対決してボコボコにしてやる。そう思っていた米田に、絶好のチャンスが訪れた。


 大手のテレビ局が主催する大食い大会の決勝戦で、米田と祐也の一騎打ちになったのだ。祐也をぶちのめす絶好の機会だ、と米田は意気込み、万全のコンディションで決勝戦に臨んだ。


 しかし祐也は、米田とは別の次元で大食いをしていた。


 瞬く間に大量のラーメンを平らげていく祐也を見て、米田は絶望していた。なんて速さだ、勝てっこない。結局米田は惨敗し、祐也はさらに知名度を上げることになった。


「くそっ!!!!」


 決勝戦の帰り道、米田は飛び出たお腹をぶるぶる震わせながら、悔しさを露わにしていた。


 絶対に勝てると思ったのに。何故俺は祐也に勝てない? もっと沢山食べられるようになりたい。もっと、もっと……。


「その願い、叶えてやってもよい」


「!?」


 いつの間にか目の前に、神々しい光を放つ美女が佇んでいた。


「あ、貴方は……」


「私は神だ。そちの願いを叶えてやってもよいぞ。ただし、恐ろしい副作用に苦しむことになるが」


「お、お願いします! 願いを叶えてください!」


 謎の人物の素性、そして副作用という単語が気になったが、米田は即答した。もっと大食いになれるなら、そして祐也を倒せるなら、と藁にもすがる思いだった。


「……よかろう」


 嘲笑に近い笑みを浮かべた美女が指を鳴らすと、目の前で金色の光が弾けた。次の瞬間にはもう美女の姿はなかった。


「……」


 辺りをきょろきょろを見回し、何気なく飛び出た腹をさすったその時。


「!!!!!」


 胃袋の感覚が以前と明らかに異なっていた。まさかこれが、先程の美女の力なのか? これなら、確実に今よりも沢山食べられる。自身と空腹感が込み上げてきた米田は、近くのラーメン屋に駆け込んだのであった。



 そこから、米田の快進撃が始まった。食べられる量が日に日に増加していき、美女と出会ってから1ヶ月後に番組の対決で祐也を打ち負かした。その後も人間離れした食べっぷりを披露し、大食いの世界大会での優勝に加えて、大食いの世界記録も樹立。米田は名実共ともに世界一の大食いチャンピオンになった。小学生の時に抱いた夢を叶えたのである。


 まさに幸せの絶頂というべき状態であったが、当の米田は恐怖に震えていた。


 食欲が止まらないのだ。


 どれだけ食べても、飢餓に近い空腹感に襲われる。常に何かを食べていないと苦しくてしょうがないのだ。これは明らかにおかしい。そこで米田はようやく、美女が放った『副作用』という言葉の真意に気付いた。


 異常な量を食べられるようになるかわりに、常に空腹に襲われる。これが副作用だったということか。


 常に何かを食べなくてはならない、という状態に限界を感じた米田は、知り合いの医者に相談するべく車を走らせた。勿論、片手で食べ物を頬張りながらだ。


「!!!!」


 山道を走っていた時、目の前を鹿が横切った。慌ててハンドルを切った拍子に車が横転し、さらにエンジンが傷ついて車が出火してしまった。


「ま、まずいっ!!」


 巨体をもぞもぞと動かしながら、どうにか焼き豚になる前に車外に逃れた米田。しかし、燃え上がる炎の中で灰になっていく大量の食べ物を見て、米田は絶叫した。


 空腹を紛らわせるために持参した大量の食べ物が、燃えていく。


 全身から湧き上がってくる飢餓感。しかし手元に食料はない。まずい、このままだと空腹で死んでしまう。どうすれば……!


 追い詰められた米田は地面に生えている草、そして土を頬張った。これ以外に方法がなかった。とにかく胃袋に何かを詰め込みたかったのだ。


 もしゃもしゃと草や土を頬張っているうちに、米田は自身の体が地面にめり込んでいることに気付いた。まさか、口から入れるのでは追いつかないから、全身が食べ物を求めて地面にめり込もうとしているのか!? 


「や、やめろぉぉ!!」


 米田の意思に反して、地面に沈み込んでいく巨体。美女に呪いをかけられ、常に食べ物を求めて彷徨う化け物は地面に沈み、やがて山の一部になったのであった。



***

「ねーねー」


「何?」


「私達、この辺よく車で通るじゃん?」


「うん」


「あの山さぁ、なんか前より大きくなってない?」


「はあ? 山が急に大きくなるわけないじゃん。人間じゃあるまいし」


「よく見てみてよ!」


「……本当だ。確かに大きくなってる。てか、なんかちょっと動いてない?」


「これは都市伝説なんだけど、あの山の地面の奥深くに、常に腹ペコの化け物がいて、周りから土やら岩やらを吸い取って食べてるらしいの。だから、山がどんどん大きくなってるんだって」


「何だそりゃ。すごい都市伝説だな……、てか、そんなことよりあと何分くらいで着くの?」


「あと20分くらい! 大食いチャレンジ、楽しみだね!」


「あの店の大食いチャレンジは有名だからなぁ。あ、大食いといえばさ、最近あの人すっかり見なくなったよね」


「誰?」


「米なんとかって人」


「米田大生?」


「そうそう! あの人けっこう好きだったんだけどなぁ」


「なんか、この辺で急に失踪しちゃったらしいよ。今どこで何してるんだろうねぇ……」


                                完

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