終
柳はあの日、生きている内に、何度もないであろう、屈辱と裏切りを受けた。
最近には珍しい超古典的な上履き隠しに始まり、段々といじめはエスカレートしていく。もちろん、体に害が及ぶような事もなかったし、柳もある程度は堪えることができた。
きっかけは、些細で下らない出来事だった。
クラスによくいる勘違いヤンキー娘が、柳の彼氏に横恋慕したのが始まりだった。
柳の彼氏、健一は、柳の目とはなの先にある御近所で、幼馴染み。勘違いヤンキー娘が、入り込む隙間など微塵もないくらい出来上がっている。
書くにも、くだらない理由だった。人というのは、どんなにくだらない三文小説の理由で、他人様の幸せを妬み、邪魔をして、とことん不幸にしないと、気がすまないという連中が、うじゃうじゃしている。
福有はこういう奴を見ると吐き気さえもよおす。
このヤンキー娘にしてもそうだ。
上履きは隠す、教科書はビリビリに破いてすてる、、、低年齢の子供がやりそうないじめが、あの日、一線を越えた。
ある夜のことである。とっぷりと日が暮れ、どこかで犬の鳴き声が響く頃。
橋の下、制服はズタボロに破け、汚れ、暴れたさいに、カバンを振り回したのであろうノート何かが散乱している。
その空間に柳はいた。下着姿の生気の無い目をして。
その翌日、柳は生き地獄に叩き落とされた。
学校の掲示板に出かでかとあばずれの柳と写真つきで印刷されたそれは、気づいた教師が回収したが、すでにビラはばら蒔かれており、収集がつかなかった。
それ以降、柳の姿は学校にはなかった、柳は部屋に引きこもり、家族でさえ話をしないような状況である。
「人間とは、もろいのぅ」
赤い火車が言う。
「最近の若者はタガをしらんからのぅ」
あくびをしながら、黒い火車がいった。
「あの彼氏は何をしておるのかの」
「あぁ、あやつか?あやつ、尻の軽いやつで、あの腐れ女とつきおうとるぞ」
健一は、あの張り紙の一件以来、柳に一方的に別れを突きつけ、ヤンキー娘と付き合うようになった。
「世も末よな」
赤い火車が体を丸める。
「ボウズの仕事が増えそうじゃの」
黒い火車が笑う。
「まぁ、それだけ我らの食いぶちが増えるというものよ」
「さよう、さよう、暫くは飯にこまるまいて」
二匹の火車は互いにニヤリと笑いながら、柳の家の屋根で、くるりと輪をかいて、姿を消した。
あとは、シンとした夜が更けていくだけだ。
柳に以前のような活気も生気もない。
髪の毛はボサボサ、目の下には、クマができ、あばら骨が浮き出るほど痩せ、手足はまるで枯れ枝のようだった。
カランと机の上から音がした。ハッとした柳は飛び付くように、どこにそんな力があるのか、わからないくらい協力に何かを書き込んでいく。怨念がこもって、その顔はより壮絶ものになっている。
一通り書き終えた文字は一切合切、読めないが、それが五人の名前らしい事はなんとなくわかる。
そして、気が違った様にその絵馬を見つめ、叫び声に似た笑い声をあげながら、深夜、靴をも履かずに、家を飛び出していく。母や父もそれを止めることが出来ないくらいの迫力だった。
柳は走りに、走った。笑いながら、だがすれ違う人々はまるで、柳が見えないようである。
口の端から血の交じった泡をはきながら、尚も柳は何かに取り憑かれたように走り続け、やがて茱萸の神社にたどり着いた。
茱萸神社は、シンと静まり返って、茱萸の木に覆われ、不気味だった。
柳は狂ったように、拝殿横を通りすぎ、本殿をも飲み込んでしまいそうなくらい大きな茱萸の木に手にしていた地獄絵馬を投げつける。
カンッと木と木がぶつかり合う音がした。暫くは静かだった境内にあるはずもない鐘の音がボンと鳴り響くと、生暖かい風がごうと音をたて、柳を飲み込む。
「やれやれ、誰が投げつけろといった。」
何処からともなく、福有が現れた。いつもの宮司姿ではなく、
柳は、雄叫びのような唸り声をあげていた。
「もはや、獣だね」
福有の後ろには二人の男女がいる。
「恐ろしいものだね、しぃさん」
豪勢な、まるで七福神の恵比寿さまの様な格好をした男が、柳をあわれむ。
男は貧乏神である。この神社に祀られている神様の一人だ。
「仕事、なんだろ」
女が言う、女は、この神社の三人目の神様である疫病神だ。
「契約はなった。汝が魂、、、預かろう」
福有、、、死神が柳の額をコツンと竹杖で小突く。それまで、獣のような唸り声をあげていた柳が突然、ドサリと倒れ、体から白い魂が現れる。
死神は杖の先で魂を捕まえ、くるりと、回すと、魂は、赤い小田原提灯へと変わった。
「はてさて、この世が地獄か、地獄がこの世か」
「天国なんざ、所詮は絵にかいた餅みたいものよ」
「極楽浄土なんてのは、幻想か」
そういい残し、それぞれは闇に消えて行く。
柳の男、名を健一という。存外、尻軽と言うべきか、浮気な性格なのか、柳と付き合っていたにも、関わらず、主犯格のヤンキー娘、アカネと初七日も開けぬうちに、付き合い始めた。そもそも柳と付き合っていたのも、成り行きでそうなっただけで、柳への恋慕とかそんなものは、一切なかったようである。
その他に男が、三人。この三人が柳に乱暴を働いた、実行犯なのだが、見かけによらず悪知恵は回るようで、警察に後ろ手にされるようなヘマはしなかった。
深夜の渋谷、福有は竹杖をつき、赤い小田原提灯を手にして歩いている。
人もまばらだが、福有の格好はやはり浮いて見えるはずなのに、まるで、誰も気に止めない。当然と言えば当然なのだが、福有は死神だ、一般の人間には見えない。
托鉢笠をかぶり、腰につけた鈴が、もの悲しく、チリーン、チリーンと鳴り響く、一人で葬式の行列をやっているような雰囲気だ。
福有は、路地に消えていく。その路地から女の悲鳴が聞こえた。
実行犯役の三人の男、確かケンジ、タカシ、コウタとか言ったかと思いながら、福有はその三人に近づく。恐怖に怯えた女を三人が路地に追い詰めたらしい。
「まるで、追い剥ぎの類いだねぇ、お前さんら」
いつの間にか、三人の真後ろに立っていた福有にぎょっとしながらも、振りかえる。
「なんだ、てめぇ」
三人のうち、どれかが、威嚇するように、福有にくってかかる。
「名乗る必要もあるまいよ」
三人の身長は福有よりも、かなり高い。まるで、大人と子供だ。
「あんま、なめくさってると、ぶっ殺すぞ」
福有はため息をつく。
「お前さんら、この前、柳という高校生を犯したね」
「知らねぇなぁ」
福有はまた、諦めに似たため息をつく。
「警察に名乗り出る気はないかい?それなら、それで、、、こちとら楽なんだがね」
福有が托鉢笠を傾け言う。
「やった覚えがねぇんだ、第一証拠がねぇだろ証拠が、よ!」
一人が福有を突き飛ばそうとする。
「おっと、、、」
それをすんでのところで、避けた。
「やれやれ、反省する気は無さそうか」
そういいながら、福有は竹杖で一度、とんと地面をつく。
ビルの屋上が、獣の笑い声が響いた。火車たちである。
「もう一度だけ、聞こうつぐなう」
「なんで、した覚えのねぇ罪を償うんだよ、あぁ?」
「証拠を出せよ証拠をよ」
「それとも、証人でもいるのかよ?」
そういって、三人は下品な笑い声を上げた。
いつの間にか、福有りの後ろは真っ黒なモヤで覆われ、向こうが見渡せなくなっている。
「第一な、俺らには、少年法ってい、、、」
誰かが、いいかけた時、ゴウッと熱風の様な風が三人に叩きつけられるように吹いている。三人はたっているのがやっとの様だ。
熱風はまるで、三人の命を吸い付くさんばかりに吹いている。
それを聞いた、福有は托鉢笠をあげ、
「そいじゃ、仕方がない」
黒かったモヤには赤みがかり、人の苦しむ悲鳴がこだまする。
「な、なんだ」
どいつか、言ったのか、福有、、、いや死神には関係無い。
含み笑いをしていた、死神はやがて、ゲラゲラと笑いだす。
既にあの世への、六道輪廻から外れた、救い様の無い地獄の扉がぱっくりと口を開けた。
「ガシャや、、、出番だよ」
その声に呼応するかのように、黒いモヤの中から、無数の骨が落ちてくる。
それは、やがて巨大な人の手となり、三人めがけて、ゆっくりとのびていく。
「ひ、ひいっ!」
三人のうち、一人を手がつかむ。ガシャリガシャリと骨のなる音がした。
ゆっくりと、確実につかんだ一人をその手は、握りつぶそうとしているのだ。
「ぎゃぁぁぁぁ」
男の悲鳴が響く。が、決して表通りに聞こえることはない。
やがて、骨が折れ、砕ける音が響く。悲鳴も聞こえなくなった。
もう一人が声をあげ、逃げようとコンクリートの壁をよじ登ろうとするのを、黒いモヤからびゅうと骨がのびて、まるで、ハエでも叩き潰すように叩きつけた。
「ぎゃ」
男は小さく叫び絶命している。
「ひゃひゃひゃ、、、」
死神の笑い声が響いた。
最後の一人が、死神にすがりつく。
「た、たすけて、助けてください!お願いします」
死神は一蹴するとニタリと笑う。
「いったろう、もう遅い」
ガシャリガシャリと骨の手は、その男をひっつかみ、ゆっくりと、黒いモヤの中に引きずり込んでいく。
「火車や、後を頼んだぜ」
そういって、モヤの中を抜け、何処かへ消えていった。
ビルの上で躍り狂っていた火車二匹は、絶命した二人と黒いモヤからまるで、ごみのようにポンっと放り投げなれたもう一人を牛車にのせて笑いながら黒いモヤに帰っていく。
後には不気味に笑う死神の声と鈴の音が残るだけだった。
茱萸神社の死神 和泉ゆうき @724722
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