第3話
「うちの母親さ、私を産んですぐ、亡くなったんだ。出産に身体が耐えられなかったみたい。そんで父親は認知してくれなかったのか、誰かわからないんだ。だから血のつながった家族は誰もいないんだ」
その話し方は、静かで淡々としていて、感情がこもっていなかった。
でも彼女の表情は、何かを思い返してるようで、本当のことを言ってると、理解できた。
そして話の重さに、息を飲んだ。
「そんな経緯だから、私を引き取ってくれた親戚の対応は冷たかったね。完全によそものって、感じで、家族扱いはされなかった。まぁ、寝食を提供してくれただけ、ありがたいけどね」
そう言うと、彼女は切り替えるように
「ということで、私の話はこれでおしまい。ご清聴ありがとうございましたー!」
と、弾んだ声を出した。
どうやら、子供時代の彼女はそれなりに、苦労したようだ。
今の明るく振る舞う彼女からは想像もつかない過去だ。
僕はもの悲しい気分になった。
僕はいたわるように、彼女の肩に手をそっと置いた。
「それは……すごく、大変だったね……」
「あっ、不幸自慢したいわけじゃないからね。私もそれが嫌で、今まで言わなかったし」
なるほど、身内のことを話さなかったのは、そういう理由か。
「じゃあ、何で話そうと思ったの?」
「何でって、家族の事聞かれて、あえてこの事言わないのも、隠し事してるみたいでなんかいやじゃん。相手に壁作ってるみたいで……」
僕に気を使って話してくれたのか。
その心遣いに、申し訳無い気持ちになる。
「ごめん、わざわざ昔の話なんかさせて、嫌な事思い出させたよね?」
「全然、もう終わったことだし。確かに少し前までは昔のことを考えると、悲しい気持ちになった。でもおっさんとたくさん時間を過ごして、恋人になって、すごく幸せで、だから、そうこともあったって、過去を受け入れることができたんだ」
その口ぶりは明るかった。
彼女がまっすぐにこちらを見つめる。
その目に、一点の曇りはなく、強い意思を感じる。
僕のおかげで、彼女は変わることができた。
そのことを知り、僕は無性に嬉しくなった。
「つまり何が言いたいかっていうと、おっさんと出会えて良かったってこと!」
彼女は幸せそうに表情を緩ませる。
僕を思う彼女の気持ちに、温かいものがこみあげくる。
しかし、同時に、僕は大きな引っかかりを覚えていた。
彼女が今話したことで、疑問の答えが見つかった気がした。
京夏ちゃんの父親は認知してくれなかったのか、誰かわからなかった。
その京夏ちゃんは初恋の人と似ている。
さらに、初恋の人が僕の元を去って、その3ヶ月後、京夏ちゃんが生まれたこと。
これらのことは全部つながってるかもしれない。
漠然とそう思った。
だから、仮設を立ててみた。
初恋の人は何も言わず、突然、僕の元を去った。
もし、彼女が僕の子を妊娠していて、その事を打ち明けられずに、僕の元を去ったとしたら……。彼女が誰にも話さない限り、父親は誰かわからなくなる。
いわゆる、認知されない状態、京夏ちゃんの父親の話と符号する。
そして僕の元を去った後、初恋の人が京夏ちゃんを産んだとしたら、彼女達が似ている部分があることに、説明がつく。
これが本当のことなら……京夏ちゃんは……京夏ちゃんは……。
僕の実の娘ということになる。
初恋の人と作った実の娘ということになる。
全身に悪寒が走った。
身体は気づくと震えていた。
実の娘を好きになったのか、僕は?
実の娘とキスをしたのか? 実の娘に興奮したのか?
額から嫌な汗がダラダラと流れる。
そんなことってあるのだろうか。
初恋を忘れさせてくれる人。20年ぶりにできた僕の新しい恋人。
それが、自分の娘なんて……。
何かの悪い冗談に思えてくる。
今までの彼女との幸せな時間が全部崩れ落ちていく気がした。
僕はとんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。
僕が付き合ってる彼女は実の娘かもしれないーえっちしてる時の感じ方が、昔の女とまったく同じでしたー 田中京 @kirokei
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