第三話 封印された龍・皇憐

「こ、皇憐だと…!? あの『龍』の皇憐か!?」

「おう! 初めまして、皇帝陛下。」



飛びついてきた空を受け止め頭を撫でながら、動揺する皇帝に軽い調子で挨拶をした。


一方で私はというと、感激していた。



(ほ、本物だぁあ…!)



ぶっちゃけ大興奮だ。『皇憐-koren-』読者として言わせてほしい。皇憐は、外見が良すぎるのだ。いや、登場人物全員がとんでもなく美しい外見をしている。もちろん先述の皇帝・皇后に続き、空も例に漏れずだ。


でも皇憐は別格! 超絶イケメンの黒髪長髪高めポニーテール最高!お気付きかと思いますが、私の推しは皇憐です…。


だからさっきからちょっと、ちょーっと期待してたよね、皇憐来るかな〜って。でもまだ召喚されたばっかりでまず自分の状況飲み込めてないし、そんな都合良くいかないよね〜、だって一応現実だもんね〜とか思ってたわけですよ。


そしたら! 本物!



「ほ、本物なのですか…!?」



動揺した皇后の高い声で我に返った。



(おっと、いけないいけない…。平常心、平常心…。)



困惑する群衆の中で、1人で両手で口元を抑えて、目をかっ開いて大興奮の変な奴をやっているのがバレるところだった。悲鳴を上げずにもだえるタイプのオタクでよかった。



「おう。っつってもの塊だけどな。封印が弱まってるだろ? 隙間から俺の妖気が漏れ出て、こうして人型までとれちまったってわけ。」

「そ、それ程までに封印は弱まっておるのか…。」

「まぁはまだ封印の中だし、漏れ出てる俺の妖気も大したことねぇし。今すぐに封印が解けるとかそういうのはねぇから安心しろ。」



皇帝と皇后は、皇憐の言葉にホッと胸を撫で下ろした。



「では、え〜、皇憐の説明も踏まえて話を戻すとしよう。」



皇帝は1つ咳払いをすると、私に向き直った。



「結。そなたを召喚したのは、ここにいる皇憐の封印を直してもらいたいからなのだ。」

「えっ…?」

「この皇憐はこの城に封印されている龍なのだ。しかし、その封印も施されてから約1000年が経ち、ほころびが生じておる。そこで『古くからの言い伝え』にのっとり、異世界から召喚されたそなたに、その任を担ってもらいたいのだ。」

「わ……私…?」



だってその役目って…『皇憐-koren-』じゃ主人公の役目だったはず…。


私は衝撃のあまり、胃がズシリと重くなった。


でも…、そうだよね…。そういう理由がないと、私が召喚された理由の説明がつかなくなってしまう…。って、よくよく思い返してみたら私が召喚されてからここまでの流れ、ほぼほぼ『皇憐-koren-』のまんまじゃん…!



「何、難しい話ではない。この桜和国の各地にいる『鬼』に会い、彼らが守護する『楽器』と共にこの城に戻れば良いだけだ。」

「心配することはありません。鬼といっても皆友好的で、空もその鬼の1人なのですから。」



それも漫画で読んだから知っている。知っているけれど…。私は拳をグッと握り締めて俯いた。


先程まで夢でも見ているかのような気分で何となく流されるがままここまで来てしまったが、突然突き付けられた要求で一気に現実なのだと実感が湧いてきてしまった。



ちなみに1番の問題は、『皇憐-koren-』の主人公はで、漫画のジャンルがバトル有りの少年漫画ってこと…!


私…戦えないんですけど…! もしかしてここで死ぬ可能性ある…?



「結…。」



呼ばれて顔を上げると、皇憐にしがみついたままの空が言った。



「皇憐、連れて行って…。」

「あぁ、うん…。」



目線をそろそろと空から上げると、ジッとこちらを見つめる皇憐と目が合った。



(目が、合っちゃっ…。)



顔に一気に血が集まるのが分かって恥ずかしいが、隠しようもない。



「うむ、それが良い!」

「ぜひそうなさいな。」



皇帝と皇后もうんうんと頷く。



「で、でも皇帝陛下、皇后陛下…! 私旅なんてしたことないですし、それも異世界でだなんて…! 私は非力な女です、不安で堪りません。せめてお供の方を他に…!」



私がそう言うと、皇帝と皇后は顔を見合わせた後、残念そうな顔をして言った。



「それが、古くからの言い伝えで供は出せぬのだ…。」

「えっ…。」

「皇憐が行くことは問題ないのだが、他の者はならぬと…。」

「そ、そんな具体的な言い伝えが…?」

「あぁ…。」



さすがに本当かよと思った。



「あ! そ、空…。」



笑顔で空を振り返ると、「嫌」とそっぽを向かれた。えええぇぇえ、そんなことある!?



「皇憐は桜和国の地理にも詳しい。1000年の間で大して変わったりしておらん、大丈夫だ。鬼たちとも懇意だし、皇憐がいればまず問題ない。安心せよ。」



皇帝は豪快に、皇后は上品に笑った。



「結…。」

「空…。」

「皇憐いれば、大丈夫…。」



マジか…。空のダメ押しを受けて、私は項垂うなだれることしかできなかった。


不安でいっぱいの私を他所に、当事者である龍は口を大きく開けて言った。



「よろしくな、結!」

「うっ……。」



二次元の推しが三次元にいるだけでもヤバいのに、声掛けられたんですけど! 名前呼ばれたんですけど! しかもとっても良い笑顔!


いつの間にか皇憐から離れた空は、私の手を握った。



「結…、大丈夫…?」

「大丈夫じゃないけど大丈夫…。」



項垂れる私を他所に、龍は呑気に約1000年ぶりの外にワクワクしているようだった。先程まで真剣だった表情も崩れ、何だか嬉しそうだ。

高揚する気持ちはよく分かる。約1000年も封印されていたら、外が恋しくて当たり前だ。


しかし、問題はそこじゃない。この龍の戦闘力だ。漫画の読者としては主人公が武道をやっていたからこういう設定なんだなと思っていたが、当事者になった今、その設定のままじゃ困る…!



--『皇憐-koren-』にて、主人公と皇憐が旅に出て最初のバトル。皇憐は笑顔で言いました。



『俺、ただの妖気だから攻撃とかできねぇから。』

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