第四話 いざ旅へ

「今日はもう遅い、今日はもう休んで出立しゅったつは明日にすると良い。」



皇帝のその一声で、その場は解散になった。


私は客間へと通されると、夕食と風呂をいただいて、やっと床にいた。



すでに先行き不安でしかない…。


この世界には電気がない。電気がないということは電化製品諸々も存在しないのだ。早速ドライヤーがなくて絶望した…。もちろん水道・ガスもなくて、いかに便利な環境で育ったかを痛感する。


唯一の救いは文化に大きな差がないということだ。


いただいた夕食はほぼ和食だったし、借りた寝巻きも浴衣のような形だし、そういった小さなところに安心感を覚えた。

しばらくこの世界で生活しなければいけないだろうから、文化の差があまり大きかったらキツかっただろうなぁ。適応しなければならないものが少し減っただけで、こんなにも安心できるとは。



(…皆、心配してるだろうなぁ…。)



お父さんもお母さんも、学校の皆も…。今頃捜索願いが出されて、ニュースにでもなってるんじゃないだろうか。

冷静になってから気付いたが、私は着の身着のままでこちらに召喚されていた。持っていたはずの鞄は恐らく道に放り出されているだろう。携帯も鞄の中だ。


……せっかくゲットした『皇憐-koren-』の最新巻も鞄の中だ…。読みたかった…。



私は布団をギュッと体に巻き付けながら溜め息を吐いた。


これからどうなるんだろう。『皇憐-koren-』の主人公は、憧れてた異世界に興奮して元の世界の心配なんてしなかった。その先の心配も…。



(私は心配で堪らないよ…。)



心配したところで仕方がないと分かってはいても、どうしたって不安になってしまう。とはいえやはり疲れていたようで、いつの間にか眠ってしまっていた。



翌朝目を覚ますと、着ていた制服に着替え、朝食をいただいた。顔を洗い、さてどうしようかと思っていたところに訪ねて来た人がいた。



「お前…、その格好で行くのか?」



勝手に扉を開けておきながら、皇憐は開口一番にそう言った。



「え…。」



私の知っている漫画やアニメでは、制服で旅立つキャラが圧倒的に多い。私もそれにならおうと思ったのだが…。



「結婚前の女がそんなに足を出して…。」

「は、はしたないってこと…?」

「俺は全然ありだが…。」



そこは別に聞いてないし聞きたくなかったような…。



「それより、だ。真面目な話、今この桜和国は秋で、もうすぐ冬がくる。北の地の冬は極寒だから、そうなる前にまず北へ向かおうと思ってんだが…、すでにかなり冷え込んでいるはずだ。その格好じゃ凍え死ぬぞ。」



そう言われて、そういうことかと理解した。すぐに私の世話を担当してくれている女官に話をして、この国の服を借りた。



「お前、自分の荷物は何かあるか?」

「ううん、何もない。今着てる制服だけ。」

「じゃあ荷物の用意はもうできてるから、着替えたら来いよ!」

「え! わ、分かった。」



皇憐は少し微笑んだ後、部屋を出て行った。いつの間に準備が終わっていたんだろう…。何をどう準備していいか分からなかったので、非常にありがたい。


私は急いで着替えると、女官に制服を預けて外へ出た。



外へ出ると、皇憐はすぐに見つけられた。足元に大きな包みが2つある。私の分と皇憐の分だろうか。


皇憐はこちらに気が付くと、うんうんと頷いた。



「その格好なら大丈夫そうだな。」

「まだここでは暑いけどね。」

「上着は寒くなってきたら着りゃいい。さてっと!」



皇憐は足元に置いてあった荷物を全て持つと、私の方を振り返った。



「皇帝と空に声掛けたら行くか。」

「う、うん!」



皇帝に声を掛けに行くと、皇后も空も一緒に居た。



「おぉ、行くのか。」

「おう!」

「結さん、体に気を付けるのですよ。」

「ありがとうございます。」



そう声を掛けてもらって、両親のことが頭をよぎった。



(今は、気にしてもしょうがない。)



もしここでの私の使命があるのなら、早くその使命を果たそう。そうすれば、帰れるはずだから…。



「いってらっしゃい…、皇憐…。」

「おう!」



空は昨日のように皇憐の足元に抱き付いた。皇憐も昨日のように空の頭を撫でる。



「結も…。」



空はこちらを振り返ると、今度は私の足元にも抱き付いてきた。しゃがんで目線を合わせると、そのまま首に腕を回して抱き付いてきた。



「えへへ。いってきます、空。」



背を摩ると、空は腕を離して少し笑った。



「おし、行くか!」

「うん。」



私たちは皇帝・皇后・空に見送られ、街へと踏み出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る